海外情勢

タクシン派が見切り、タイ民主派政党失速 党首に議員資格剥奪の判決

 タイ民主化の旗手になるのではと注目を集めていた新政党「新未来党」が、急速に失速している。最大の要因は11月20日に出された憲法裁判所によるタナトーン党首に対する議員資格剥奪の判決だが、同党をめぐる情勢や党員らの声を拾っていくとどうやらそれだけではなさそうだ。その背後にはタイ社会に潜む構造的問題や、前政権から続投を続けるプラユット首相(元陸軍司令官)ら軍関係者のしたたかな計算も見え隠れする。

 120人が集団離党

 10月下旬、新政権の高官はタイの英字紙バンコク・ポストが伝える寸評にほくそ笑んだ。「新未来党の幹部ら120人強が集団で離党を表明。選挙管理委員会に届けた」との内容だった。120人は3月に実施された総選挙で立候補したが落選した元候補者やそのスタッフらで、選挙後の雇用が守られていないと訴えていたものの、党から救済措置がなかったことから実力行動に踏み切ったと伝えていた。

 軍政からの脱却を訴え選挙戦に臨んだ新未来党は、選挙区31、比例区50と善戦。計81議席を獲得して第3党となった。得票総数も親軍政党「国民国家の力党」の840万票などに次ぐ第3位となる630万票を集め、一気に反軍勢力の中核に躍り出た。民政復帰後の首相選出選挙ではそれまで反軍活動の中心だったタクシン派政党タイ貢献党の候補者を抑えタナトーン党首が野党統一候補として臨み、下院では拮抗(きっこう)する票を得た。軍政にとって明らかな脅威に映った。

 ところが、この前後から相次いで表面化したのが、タナトーン党首ら同党幹部をめぐるさまざまな“疑惑”だった。4年前の同氏の発言が扇動罪に抵触するといった告発や同党幹事長に対するコンピューター犯罪容疑、さらにはタナトーン氏を含む下院当選者12人に対する選挙法違反容疑などだった。このうち、3点目のメディア関連企業の株式を保有したまま選挙戦に臨むことを禁じた選挙法違反容疑事件に関連して出されたのが、冒頭の憲法裁による議員資格剥奪判決だった。同氏は今後、刑事責任を問われる可能性があり、有罪となれば最高で禁錮10年、20年間の公民権停止となる。

 議員資格を失いながらもタナトーン党首は、今後も同党を率いて政治活動を続けると断言。「現行憲法下では下院議員でなくとも首相になれる」と息巻く。また、先の120人を含む集団離党についても「党員は6万人おり、大勢に影響はない」と強気の発言を繰り返している。

 反軍に賛同得られず

 だが、行く末を否定的にとらえる見方は後を絶たない。タイの国家開発研究機関NIDAが実施した直近の世論調査では、新未来党が訴える反軍の姿勢に「今後も賛同する」人は3割台にとどまり、3人に2人は「賛同しない」と答え、動揺が広がった。それだけではない。タナトーン氏の選挙法違反の事実を知りながら首相候補者とした党および執行部についても責任を免れないとして、最悪のケースでは解党処分が出されるとの観測が日増しに広がっている。

 一体どうして、このような事態となったのか。タナトーン党首はタイの自動車部品大手タイ・サミット・グループの創業家出身。英国や米国への留学経験もあり、総選挙後に公開された保有資産は56億バーツ(約200億円)とされる。典型的な上流階級にあり、軍政に秋波を送ってきた伝統的な富裕・支配層と政治母体を共通とする。「学生時代からボランティアや社会貢献活動を行ってきたタナトーン氏がいくら軍政からの脱却を訴えても、コップの中の訴えであって、コップまでは壊さないとみられてきた」と話すのは、選挙戦をつぶさに見てきたタイのアナリストだ。

 プラユット首相ら現政権首脳も「(新未来党の)ブームはいずれ過ぎ去る」と周囲に繰り返し発言しており、こうした見方や計算と同党の失速は見事に一致する。

 さらに、首相指名選挙以降、これまでタナトーン氏を背後から間接的に支えてきた最大の反軍勢力タクシン派が「見切りをつけた」と証言する政界関係者も少なくない。多くの個人的なタナトーンファンに支えられた新未来党では、大規模な集会の開催さえそのノウハウに欠け、タクシン派によるところが少なくなかったのは周知の事実だ。

 熱狂的なタナトーン支持者は今後も街頭集会を続けていくとする。だが、政治的な素人が声高々に叫んだところで、微動だにしないのが軍主導による現在のタイの政治である。「民政復帰」から半年。新たな転換期を迎えている。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)

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