アメリカのトランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を掲げ、多国間協議の否定や移民の排除に熱心だ。こうしたアメリカの姿勢はトランプ大統領が落選すれば変わるのだろうか。元外務審議官の田中均氏は「トランプ大統領は分断の『原因』ではなく『結果』だ。次の大統領もアメリカ・ファースト的な政策をおこなうことになる」と指摘する--。※本稿は、田中均『見えない戦争 インビジブルウォー』(中公新書ラクレ)の一部を、再編集したものです。
二国間交渉では課題は解決しない
現在アメリカは社会保障制度やインフラ再建を含め大きな問題をいくつも抱えている。2018年の中間選挙で下院の多数を民主党に奪われ、内政面ではトランプ流の政策が動きにくい。ロシアゲートについてはモラー特別検察官(元FBI長官)による捜査は終了したが、大統領を訴追する証拠がないだけで無罪と断定しているわけではない。
トランプ大統領は国内面では受け身とならざるを得ず、再選を勝ちとるためには外交面での成果が必要だと考えても不思議ではない。現在のアメリカの対外政策は、オバマ大統領の成果の否定と「アメリカ・ファースト」の名の下での短期的成果を求める姿勢が明確となってきた。
まず、グローバルな課題について、トランプは多国間協議を否定し、それぞれ二国間での交渉を主張している。それでは物事は解決に進まない。たとえば環境改善に向けたCO2排出規制に対し、アメリカがいくら多国間協議に抵抗したとしても、現実の危機は迫ってくる。そうなるとやはり多国間でという方向にどこかで必ず戻るはずだ。
高まり続ける米国とイランの緊張
北朝鮮非核化問題については、オバマ大統領ができなかったことをするという意味でトランプ大統領の独自色が強い。
これまでアメリカを苦しめてきた中東問題については、アメリカ・ファーストに従ったトランプ流の対外政策の基本が如実に見える。まずアメリカ自身が中東で戦争をおこなうつもりはなく、同盟国の軍事力を強化し、アメリカが中東最大の脅威と考えるイランのイスラム体制に抗する体制を整えようとする。サウジアラビアに対する膨大な武器の売却やイスラエルへの軍事支援を強化している。
さらにイスラエルには、中東和平プロセスを成功させるため長く凍結されてきたエルサレムへの大使館の移転を実行し、占領地ゴラン高原をイスラエル領として承認するなどきわめてイスラエル寄りの政策を進めている。
さらに、オバマ大統領の下で国連常任理事国5カ国(米英仏ロ中)プラス独でイランと合意した2015年の核合意をアメリカは一方的に廃棄し、「最大限の圧力」政策として制裁を復活した。アメリカの制裁再導入により、本来核合意を維持し制裁を解除していた諸国の企業もアメリカ国内での取引ができなくなることを恐れ、イランとの取引を控えることとなり、中国やロシア以外にイランとの取引(特に石油)をおこなう国は少なくなった。
この結果イラン経済は大きな打撃を受けた。米イラン双方の無人偵察ドローンの撃墜やタンカーへの攻撃・拿捕などホルムズ海峡の安全が脅かされ、米イランの緊張は高まっている。