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知識人たちの悩みは深い…中国でいまだに残る「民国神話」

 先日北京の小さな本屋さんで、懐かしい本を見つけた。「宋美齢長寿の秘密を読み解く(破訳宋美齢長寿密碼)」で、2007年に出版されている。宋美齢さんは言わずと知れた中華民国初代総統・蒋介石夫人で、宋家三姉妹の三女である。(ノンフィクション作家・青樹明子)

 本書では「106歳の長寿を保てた秘密」「白髪もしわもなかった理由」「さ湯を毎日飲んだのは?」などなど、衣食住も含めて、宋美齢さんの日常がつづられている。

 高齢化が進む中国で、健康長寿に関する本が人気を集めるのは当然ながら、出版から10年以上たっても書店に並んでいるというのはかなり意外に思った。

 ということを中国の友人に話すと、驚くに値しないという。

 「宋美齢さんは、中国人にとって、憧れの存在だから」

 改めて思えば、本の出版時、中国では「民国時代ブーム」に湧いていた時期でもある。中国でいう民国時代とは、1912~49年の37年間を指す。

 新中国からすれば「暗黒時代」ではあるけれど、10年ほど前、突然この「民国時代」を見直そうという機運が、中国社会で高まった。庶民には苦しい時代だったが、それでも自由経済が繁栄し、歴史と伝統に裏打ちされた中華的文化が息づいていたことも否めないからだ。

 ブームは特に知識人たちの間で広まった。言論と学術研究の自由があった時代、今とは異なるレベルの研究が実現できていたようだ。大学などでは、いまなお、当時の論文が広く読まれているという。

 私の友人は以前オーストラリアに留学したことがある。その時の同級生に台湾人学生がいて、中学・高校で習った「中国史」に大きな違いがあることに驚いた。「自分たちが習ったことと、全く違っていた。将来子供ができたとき、正しい歴史観を持たせたいと思った」

 これは多くの中国人が感じていることらしく、民国時代の教科書が某出版社から復刻版として出版されると、各書店で売り切れが続出したという。

 民国ブームは、文化や生活面でも顕著だった。礼儀やマナーなど、失われた無形の美徳が、あの時代にはまだしっかり根付いていたからである。

 一世を風靡(ふうび)した香港のテレビドラマ、チョウ・ユンファさん主演の「上海灘」は、民国時代が舞台である。ヒロインの民国風ファッションも注目を集め、特に彼女が着た学校の制服は、まるで現代日本の女子高生のようにかわいい。

 そんな民国風の制服が、長い時を超え、再び復活する兆しもある。卒業写真を撮る際に、民国風制服を着るのが流行となったのである。中国の友人の言葉が脳裏に響く。

 「戦争や文革(文化大革命)で多くの貴重なものが失われた。特に心の問題は大きい。砂漠化した心に、再び緑を植えるのは、実に困難だ」

 中国知識人たちの悩みは深い。

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