2018年1月末のこと。暇をもてあまし、のんびりとヒマワリの種などを食べていた高齢者たちは、それを見て目を剥いたと言う。世界的なIT企業アリババが出した求人広告である。
『年収40万元(約650万円)、60歳以上で広場舞(中高年たちが広場などで行う集団ダンス)リーダー・居住委員会委員優先』
より驚いたのは若者たちである。「僕たちが、一年間苦労して得る報酬は、広場舞のおじさん、おばさんに及ばない!」
アリババの異例とも言える求人の背景には、巨大化する中国高齢者市場の存在がある。「銀髪(シルバー)経済」を取り込まなければ、企業の未来はないとまで言われている。
18年10月17日は五節句の一つ「重陽節」で、中国では「老人の日」である。この日中国全土では一大銀髪経済旋風が巻き起こっていた。デパートやスーパー、レストランなどは、「銀髪族」向けのセールやイベント一色だったのである。
街にあふれる高齢者向け用品は言うまでもない。介護用品、健康食品、健康器具などは、拡大する高齢者市場を目指し、既に世界中の企業が進出している。
外食産業も、新しいターゲットとして銀髪族に狙いを定めている。
近年レストランの宴会で急増しているのが、高齢者の誕生会なのだそうだ。一般の予約数をしのぎ、今や営業の主力だという。長寿を祝う菓子や麺の種類は豊富になり、高齢者が好む小豆あんにみそ味を加えたもの、健康に配慮した無糖のものなどは好調な売れ行きを示している。飲食費も60歳以上は2割引、また68歳以上には粗品進呈など、高齢者市場の取り込みに必死だ。
旅行業界も同様である。多くの旅行社が主力商品としているのは、中高年向けツアーである。「夕日旅行」「楽しい高齢者の旅」「両親が喜ぶ江南〇日間」など、銀髪族に向けてのツアー商品がめじろ押しである。
新たな市場も出現している。改革開放後、中国の中年女性の化粧需要に世界中のメーカーが注目したが、最近では高齢者層にまで広がりを見せている。「化粧は精神汚染」と言われた時代を生きた女性たちは、年を取ってようやく解放され、おしゃれや流行に高い関心を示すようになった。
17年末現在、60歳以上の高齢者人口は2億4100万人で、総人口の17.3%を占める。25年には3億人に達し、50年ごろには4億8700万人まで増えるとされる。彼らの潜在消費力は、世界最大といわれる由縁である。
中国銀髪経済が見本とするのは、高齢化先進国の日本である。日本の高齢者問題の最たるものは「上手に死なせてもらえない」(某医療関係者)というが、これがどれだけ深刻な問題か、中国はまだ知らない。