人口13億を抱えるインドで、公衆衛生革命が進む。改革の対象となっているのがトイレだ。インド国内だけで5億6425万人(国連児童基金=ユニセフなどの推計)が屋外で用を足しているとされ、感染症のほか、性的暴行事件の温床とも指摘される。宗教的背景から設置が進まないなど、単なる衛生問題ではない複雑な問題もはらむ。トイレを通して、インド社会が抱えるさまざまな側面が見えてくる。
「誰も使わない」
「この村には95%の家庭にトイレが敷設された。政府のキャンペーンの大きな成果の1つだ」
首都ニューデリーから車で3時間ほど。北部ウッタルプラデシュ(UP)州で、政府主導でトイレが行き渡ったというガダワリ村を訪ねた。政府からの嘱託で設置活動を推進したアショク・シャルマさんは、冒頭のように胸を張って成果を強調した。
ガンジス川沿いの人口500人ほどの小さな村落には、確かに各家庭の庭先にコンクリート製のトイレが設けられていた。過去にトイレを持つ家庭は皆無だったが、2015年から政府の援助で設置が始まった。
だが、話を聞くと、とても誇れるような状況ではないことがすぐに分かる。「建てられた99%が使われていない。政府は本当にただトイレを作っただけだから」と話すのは、住民のジュマン・ラナさん(25)だ。わずか3年前の設備にも関わらず、多くはドアが壊れ、使用されている形跡がない。
トイレこそ完成したが上下水道は整備されず、埋設されたタンクのくみ取り作業もない。雨期には排泄(はいせつ)物があふれかえり、悪臭が漂ったという。農機具や、インドでよく見られる牛ふんを乾かした燃料を詰め込むなど、物置として使われることがほとんどだ。