TPP11 薄氷の合意…決定打は雪降る夜の茂木の一言だった

 米国を除く環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加11カ国の協定署名式が8日、チリの首都サンティアゴで行われる。昨年1月の米国離脱表明後、交渉を主導してきた日本にとって悲願の「正式合意」だ。協定の内容が確定した東京での1月22、23日の首席交渉官会合ではカナダが文化政策の例外措置を設けるよう主張し最後まで紛糾。日本が水面下でカナダを説得した“薄氷の合意”だった。

(山口暢彦、高木克聡)

 予報通り大雪となった1月22日夜。東京都新宿区のホテルで開かれた11カ国の首席交渉官会合は、重苦しい空気が流れていた。

 「(自国文化を保護するための)文化例外を認めてもらいたい」

 こう主張するカナダに各国は反発。約束した市場開放が後退し協定文の内容修正となるからだ。梅本和義首席交渉官は内容修正でなく、カナダと各国がサイドレター(補足文書)を交わす形を取るよう訴えた。

 カナダには、独立運動がくすぶるフランス語文化圏のケベック州を優遇したい考えがある。また、TPPを踏まえ米国から北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉で厳しい要求を突き付けられる恐れがあり、TPPの内容を早期に決めるのは得策でないとの思いもあった。議論は膠着した。

 同じ頃、東京・永田町の内閣府大臣室。会合の様子を聞いた茂木敏充経済再生担当相は、極秘で訪れたカナダのマッケイ特使に宣言した。「もうゲームするつもりはない。今晩中に最後の返事が欲しい。さもなければ明朝10カ国で決断する」。厳しい言葉にマッケイ氏の顔は青ざめた。

 茂木氏の考えは交渉官会合に伝えられた。議長役の梅本氏は翌日発表する読み上げ原稿2枚を取り出し配布。1枚目は11カ国、2枚目は10カ国で合意する案だった。メキシコの交渉官が口を開いた。「2枚目でいくこともやむを得ない」。カナダと共同歩調を取るとみられていたメキシコの“変心”。カナダの交渉官は狼狽(ろうばい)を隠しきれなかった。

 翌23日午前8時。カナダ側は梅本氏に求めて急遽会談し、伝えた。「文化例外はサイドレターでお願いしたい」。カナダが折れた瞬間だった。この日の交渉官会合はカナダの譲歩で決着。くしくもトランプ米大統領が離脱の大統領令に署名した昨年1月23日から1年目のことだった。

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 カナダが混乱の“元凶”となったのは、昨年11月、ベトナム・ダナンで開かれたTPP11カ国の閣僚会合で、シャンパーニュ国際貿易相が突然、文化例外を持ち出したことがきっかけだ。

 閣僚会合では大筋合意に達し文化例外は継続協議となったが、首脳会合の会場にカナダのトルドー首相は現れなかった。首脳間の合意ができない「国際会議史上、前代未聞の緊急事態」(交渉筋)となった。

 カナダの「遅延戦略」を許せばまとまらない-。帰国後、茂木氏がカナダ説得の切り札として目を付けたのは、カナダと同じく米国とNAFTA再交渉に臨んでいるメキシコだった。

 対米関係で「同志」でもあるメキシコを日本の味方に引き入れ、TPPを10カ国でも早期発効させる覚悟を示せれば、孤立して巨大自由貿易圏を追い出されるカナダは焦る。今年1月、茂木氏はメキシコへ飛び、グアハルド経済相と会談。労働分野に関するベトナム、メキシコの対立を解決した後、切り出した。

 「このままではカナダは遅延戦略をとり続ける。10カ国でも署名する状況を作りカナダを前向きにすることが重要だ。日本と共同歩調をとってもらいたい」

 旧知の仲であるグアハルド氏は茂木氏の思いがよく分かる。「TPPはメキシコにとっても重要だ」。全面賛同だった。

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 TPP11の交渉の舞台裏を振り返ると、カナダの主張に配慮しすぎていれば署名は先延ばしになる恐れがあった。メキシコも巻き込んで外堀を埋め、10カ国になってもTPPを発効させるという強い覚悟を示したことが「勝因」だった。

 日本は署名後、来年の発効を目指すが、今後、最大の焦点となるのが米国の復帰だ。トランプ氏は今年1月、TPP復帰を検討する意向を示したが、条件として再交渉を求める考えを示した。米国の要求に配慮しすぎれば、せっかくまとまったTPPが大きく揺らぎかねないだけに、日本は、これまでの交渉を教訓にどこまで国益にかなった判断が下せるかが問われることになる。