4月1日に消費税が8%に引き上げられることで、釣り銭用に需要が高まるとみられる一円硬貨。消費税導入当初に深刻な不足を招いた教訓もあり、政府は4年ぶりに一般流通向けの製造再開に踏み切った。他の硬貨と大きく材質が異なるアルミ製の一円硬貨の製造には民間が携わる。平成26年度の製造予定は、1億6千万枚。製造の現場は久しぶりの活況に沸くが、かすかな不安も見え隠れする。
埼玉県と接する東京都練馬区の住宅街の真ん中にあるアルミ製造・販売会社「アカオアルミ」。戦後まもない昭和22年から半世紀以上にわたり、アルミだけを扱ってきた同社が、32年ごろから一貫して一円硬貨の原形にあたる刻印前の「円形(えんぎょう)」を作ってきた。
他の硬貨に比べて軟らかく、傷がつきやすいアルミの一円硬貨は製造が難しく、国は民間の技術に頼ってきた。「お金をつくることに携われるのは、誇りでもあるんですよ」。製造を担当する圧延製造部の中尾芳典部長(57)は語る。
ただ、製造は何度も壁にぶつかってきた。平成元年の消費税導入当初は深刻な一円玉不足に陥り、月3億枚ペースで発注があったというが、その後は減少。電子マネーの普及もあり、ここ3年は貨幣セット用だけで、一般流通向けの製造はなかった。
短時間で大量に刻印される一円硬貨は、滑りが良いことも要求され、表面を特殊油でコーティングしているが、製造数の減少から採算性が取れないとして油のメーカーが製造を中止。代替を見つけるのにも苦心させられたという。
また、小さな一円硬貨は他の製品への応用はきかず、専用の設備が必要で維持費もかさむ。このため、アカオアルミは製造からの撤退を何度も模索したが、造幣局側からの強い要望でこれまで続けてきた。
中尾部長は「一時は製造の3割を円形が占めていたが、今はほとんどなくなった。使命感のようなものでやっているのが現実なんです」と語る。
今回の消費税アップで、1円単位の端数に注目が集まり、久しぶりの発注があった。すでに2600万枚を発送。26年度も1億6千万枚が予定されている。中尾部長は「もうけはなくともわずかながら売り上げに貢献できる」とかすかな希望を見いだす。
ただ、手放しでは歓迎できないという。消費税は来年10月には8%から10%に引き上げられる予定だ。3%から5%になった際も一円硬貨の必要性は薄らぎ、製造減少につながった過去があり、同社は事態の推移を慎重に見守る。
硬貨を造る側には高い倫理観が求められ、作業に携わるのは誰でもよいわけではないという。とはいえ、専用の作業員を置くほど発注もなく、手順を知り尽くす者は今では1人しかいなくなった。
「技術継承も課題。消費税8%を機に、毎年一定量の発注をしてくれるようになってほしい」。中尾部長は切望している。
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■一円硬貨
日本政府が発行する硬貨の中で最も流通量が多く、平成26年2月現在で389億枚。昭和30年からアルミの硬貨が発行された。高度経済成長期には慢性的な不足に陥り、刑務所での作業で製造されたこともある。消費税導入で大量製造されたが、その後は、流通量が安定。平成23年から一般流通向けの製造中止が続いていた。近年のアルミニウム地金の高騰などから、製造コストは1円を超えるとみられ、原価割れといわれている。