リップルウッドという“バブル時代”の謎
ネット金融大手SBIホールディングスが、新生銀行にTOB(株式公開買い付け)!という記事が9月10日、新聞紙上で一斉に掲載された。若い世代にとっては、単なる一つのM&A(企業の合併・買収)だろうが、バブル崩壊を体験した世代には、衝撃的なニュースだった。なぜなら、新生銀行の前身は日本長期信用銀行(長銀)だからだ。1952年に設立された長銀は、日本の高度経済成長を実現するため、「長期資金の安定供給を目的」に誕生した国策銀行だ。
分かりやすく言うと、企業が巨大工場や大掛かりな事業を新たに立ち上げる時に、短期間で融資を返済しなければならない都市銀行と異なり、長期間にわたる返済が可能な銀行として、誕生したのだ。同時期に日本興業銀行(興銀、現みずほ銀行)、日本債券信用銀行(日債銀、現あおぞら銀行)も創立されている。
ところが、バブル崩壊時に、長銀と日債銀は経営破綻し、興銀は、富士銀行と第一勧業銀行と合併した。中でも、長銀は日本屈指の名門銀行として、世界的な知名度を持っていたために、その破綻は大事件だった。
そのかつての名門を、新しい金融の業態を目指す異端児的存在であるSBIが買収しようというのだから、金融界は騒然となった。
私としても、今回の“事件”は、別の意味で衝撃だった。
田中角栄とロッキード事件についてのノンフィクション『ロッキード』を発表した後、もう一度ノンフィクションに挑むべきでは? という思いが芽生えた。そして、そのテーマ探しを続けているのだが、大きな候補としてあるのが“バブル崩壊”だ。
『ハゲタカ』シリーズで、バブル経済以降の日本経済と社会を描いている私の、小説家としての出発点であるとともに、まだ解き明かされていない不可解な謎が多数存在するからだ。
大きな謎の一つが、長銀の破綻と、その後の米国投資ファンド・リップルウッドによる買収劇だ。
長銀は、バブルで発覚したさまざまな不正行為の全てを行っていたと言えるほど、乱脈経営の末に破綻に至る。その乱脈経営の歴史に関わった人たちの顔ぶれ、不正の内容、そして、破綻に向かっての迷走など、当時、さまざまなメディアが詳報した。だが、それらは所詮、表出した断片的な情報を、一部の関係者が語ったに過ぎない。
その上、長銀を買収したリップルウッドという会社こそ、“バブル時代”の謎が満載だ。当時、そんな企業名を誰も聞いたことがなく、ニューヨークに本社があるというが、実態は分からないままだった。
バブル崩壊を歴史として語る時
本当は日本の財界の大物が暗躍していて、その人物が、いかにも外資系ファンドが長銀を奪取したように見せただけだという“伝説”も聞いた。
『ロッキード』に挑んだ時、「事件から40年以上も経過して、何を今更」という批判があった。だが、実際は、それだけの年月を経て「事件が歴史になった」から、浮かび上がった事実が無数にあった。
山一證券破綻をバブル崩壊の始まりだとすれば、あれから既に23年が経過している。そろそろバブル崩壊を歴史として語る時がきているのではないのか。
そんなことを考えている最中に、“バブルの亡霊”が新聞紙上を賑わせたのだ。TOBをかけられた新生銀行は、多くの専門家が言及しているように、1998年の経営破綻以来、注入された公的資金約3500億円を返済していない。未返済の銀行は新生銀行だけであり、今なおバブル崩壊を背負っている唯一の銀行と言える。
今回の事件は、バブルの亡霊が久々に世間に姿を見せたということなのか、あるいは、SBIが目指す金融新時代の幕開けなのか――。その点も気になるところだが、私にとってはやはり、“バブル崩壊”を書く秋(とき)が巡ってきたということなのかと、密かに戦(おのの)いているのである。
【真山仁の穿った眼】はこれまで小説を通じて社会への提言を続けてきた真山仁さんが軽快な筆致でつづるコラムです。毎回さまざまな問題に斬り込み、今を生き抜くヒントを紹介します。アーカイブはこちらから。真山仁さんのオウンドメディア「真山メディア-EAGLE's ANGLE, BEE's ANGLE-」も随時更新中です。