5時から作家塾

ベルセルク作者逝去を中国からも惜しむ声と「中国ファンはかわいそう」の意味

筑前サンミゲル

 三浦建太郎氏の死去が中国でも追悼される

 「中国人ファンはかわいそうですよ。もったいない」と語るのは、中国・瀋陽在住の日本人男性。

 人気漫画『ベルセルク』の作者である三浦建太郎氏が今年5月6日に亡くなったという突然の訃報は、中国のSNSでも大きな話題となった。日本人作家の訃報がこれだけ取り上げられるのは珍しいことだ。

 SNS微博(ウェイボー)の投稿を見ると、三浦健太郎老師(先生の意味)のご冥福をお祈りしますとの投稿にあふれて、ベルセルクの中国での人気の高さを感じさせてくれる。

 三浦氏の訃報により稀代のダークファンタジーと呼ばれ、世界中で熱狂的なファンを持つベルセルクは未完で終わることになりそうだ。氏の逝去から4か月。9月10日からは「大ベルセルク展」(23日まで東京池袋)、同日には最後のベルセルク連載号が発売されている。また、12月には最後のコミックスとなる最新刊41巻の発売も発表され、再び話題となっている。

 ベルセルク自体は発禁対象なのに、なぜ知っている?

 今回、中国人ファンからも三浦建太郎氏を惜しむ声が上がったのであるが、実は中国ではベルセルク自体が発禁対象なのだ。では、なぜ中国人はベルセルクを、三浦氏を知っていたのか。

 中国では原作の残虐性を理由にコミックスの発売が禁止となった。原作が発禁のため当然ながら2013年の劇場版も未上映、ゲームも発売されていない。

 香港や台湾、韓国では日本と同じ最新40巻まで発売されている。韓国は90年代半ばまで発売禁止対象だったが、その後、発禁対象から外れコミックス全巻が発売されている。

 中国人がベルセルクを知っている理由は、日本で97年に放送されたアニメ「剣風伝奇ベルセルク」(第1作)が海賊版で流れたためだと思われる。現在は海賊版対策で、禁止のはずなのに中国の動画共有サイトで全25話を見ることができるという奇妙な状態になっている(5月時点では確認できたが9月7日時点では削除されている)。

 醍醐味を味わえてない中国のファン

 だから、発禁されているはずの中国人もベルセルクを知っていたのだ。ここで、冒頭の中国在住日本人の感想へ戻る。

 多くの中国人ファンが知っているのは、アニメ第1作で描かれる「黄金時代編」までで、あとは海賊版のゲームなどでその後のストーリーを断片的に知っている程度となる。ベルセルクを知っている人なら、黄金時代編は、ベルセルクのほんの序章で、ベルセルクがベルセルクたるゆえんは、まさにここから…というのが、多くのファンの共通認識なのではないだろうか。その醍醐味を味わえてない中国人は「かわいそう」ということなのだ。

 このことはベルセルクの翻訳からもわかる。中国大陸では、剣風伝奇と訳される。香港では烙印戦士、台湾では烙印勇士とそれぞれ訳されている。

 多くのベルセルクファンなら台湾、香港での訳のほうがベルセルクの本質をついていると思うだろう。一方、中国大陸で使われる剣風伝奇とは、日本の地上波で流れるため残虐性を控えめに作られた第1作アニメタイトルからとられている。ベルセルクは、第1作アニメの最終部で描かれる「蝕」からが本当の物語が始まると言われる作品だ。

 中国でベルセルクは発禁のため、書店では香港版も含めて発売は禁止されている。しかし、個人が私物として持ち込む分には問題ない(入国後の空港の手荷物検査で見つかるとまれに没収されるが)。販売は禁止だけど、寄贈やプレゼントなら問題ないので、日本の漫画をそろえる漫画喫茶や日本料理店などには、ベルセルクが並んでいるので、完璧な禁止というわけでもない。

 冒頭の瀋陽在住の日本人男性と著者は「ベルセルク友達」だったのであるが、互いの一時帰国時にベルセルク最新刊や掲載誌を買ってくるなど融通し合っていた仲だった。雑誌や書籍は意外とかさばるのと、知人であっても他人へ発禁本を持ち込んでもらうのは、中国ではそれなりに気を使うことなのだ。

 進撃の巨人やデスノート、寄生獣など38のアニメがブラックリスト

 さて、同じ理屈で、中国大陸在住者が香港版コミックスを個人輸入する分には、現時点では罪には問われない。

 「香港版を取り寄せて読んでいる人は少ないと思います。特に中国人が発禁本を所持していると色々な『理由』にされてしまうこともあるので…」(大連の日本語書店)

 コロナ禍の今、デジタル権威主義強化へ邁進する習近平政権が2015年に行ったのが、中国文化保護政策。その一環で国内産業を保護、育成するために日本の人気アニメのテレビやネットでの配信を禁止した。

 禁止したのは、進撃の巨人やデスノート、寄生獣など38のアニメがブラックリストとなった。理由は、残虐性や性的描写など青少年への悪影響を及ぼすからだったが、本当の理由は、長期的な国内産業の育成だったとされる。

 「アニメ版がダメということは、コミックス版も同時にダメということです」(同)

 中国国内では、日本や欧米のように年齢指定を設けて視聴を制限すればいいとの意見もあるようであるが、まったく進んでいない。なぜか、そもそも青少年への悪影響は、とってつけたような方便に近い理由で、禁止自体が目的だったからだろう。

 50年後の日本の教科書には…

 日本から見ると、インターネットやアニメ、ゲームへの度を越えた規制をする中国はとんでもない国となるが、真似ようと、剽窃しようと中国は着々と似たような国産ソフトコンテンツを次々と作っている。今では日本人が中国産のゲームで遊び、アニメを見る時代になっていることからもわかる。

 日本は便利さを優先した結果、プラットフォームや多くのハードウェア、ソフトウェア、サービス、個人情報までもGAFAと呼ばれる米IT企業に牛耳られ、日本自前のサービス、企業は数少なく弱々しい。

 中国政府を肯定したりや称賛したりする気は毛頭ないが、誤解を恐れずに書くと、もしかすると50年後の日本の教科書には、「中国政府の政策は、海外製品やサービスを禁止することで、国内産業を保護・育成した。結果、中国発の世界的なサービスやコンテンツが誕生するなど中国の国益のためには正しい政策だった」などと書かれてしまうのかもしれない。

 いつか中国からベルセルクに匹敵する作品が…なんて日も来てしまうのだろうか。(筑前サンミゲル/5時から作家塾(R)

5時から作家塾(R) 編集ディレクター&ライター集団
1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。

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