駐タイ日本大使へ収まらぬSNS炎上 コロナ感染1カ月、業務や行事に支障
新型コロナウイルスの感染第3波に見舞われているタイで、感染源の一つとなったバンコクの飲食店に駐タイ日本大使が知人と訪れ感染したとされるニュースは、発生から1カ月以上がたった今も現地のトップ級ニュースとして会員制交流サイト(SNS)などで拡散を続けている。話には事実でない内容も付加され、心ない誹謗(ひぼう)中傷も繰り返されている。大使館業務にも支障が出ており、多くの行事にも影響が出た。背景にはコロナ禍で蓄積した日系社会などの不満とSNS依存がある。
「偽情報」が拡散
タイでは4月半ば以降、新規感染者が1日1000人を超え、死亡率も上昇している。3月上旬まで2桁前半で推移していたのが嘘のようだ。タイ政府は4月半ばから商業施設の営業規制を実施して封じ込めに全力を挙げている。しかし、英国由来の変異株の感染速度は速く、罰則を伴うマスク着用規制を初めて実施するなどかつてない対応に追われている。
第3波は3月末から始まった。日本人も多く暮らすスクンビット通りのトンロー・エカマイ地区。ここにはタイ人の富裕層や日本人の社用族が利用する高級ナイトクラブがあり、夜間になるとネオンとともに多くの利用客でにぎわう。日本で言えば東京・六本木や大阪・ミナミのような場所だ。
トンロー地区にあるナイトクラブ「クリスタル・クラブ」やエカマイ地区にあるバー「ビア・ハウス」などで変異株の感染者が見つかり、タイ保健省が会見したのは4月5日。この時、「日本人客10人のうち8人から陽性反応が出た」とあった説明を、タイ・メディアが誤って「日本大使館職員10人が店を訪問し8人が陽性」と報道。これをうのみにした情報サイトなどがそのまま引用したことから、SNSを通じて一気にタイ社会、日系社会に誤解が広がった。
インターネット上には「(大使館職員が)税金で飲みに行って感染」とか「飲食後、女性と店を後にした」などと事実の確認されない情報があふれた。現地で取材していない日本の大手雑誌が「店内には性的なサービスを行う特別の部屋がある」など根も葉もない虚偽の記事を載せたことから、非難の声はさらにエスカレート。大使館には多くの苦情が寄せられ、タイ側の官庁からは感染を警戒して面会を拒絶される事態となった。在留邦人向けに予定されていた出張領事サービスも取りやめとなった。
日系社会分断避けよ
一方、梨田和也駐タイ大使の感染が判明したのは4月3日。前月25日にバンコクの大使公邸で行われた外務大臣表彰授賞式典に出席していた知人の在留邦人から感染を知らされ、検査の結果、自身の感染が判明した。大使館では直ちに出席者全員と連絡を取り、経過観察などを要請。他に感染者は見つかっていない。
問題が大きくなったのは、大使が式典後、前出の知人に誘われ私的にクリスタル・クラブを訪れ歓談していたことが判明したためだ。歓談には日本人とタイ人の式典関係者ら計9人が参加。同店のタイ人女性従業員が同席した。2時間ほど経過したところで散会となり、大使は知人の車で大使公邸に一人で帰宅したという。
クリスタル・クラブでの感染が疑われるものの、感染ルートは断定できてはいない。ところが、日本の大手新聞が強く同店での感染を推認させる記事を書いたことから、タイのネット上でこれが拡散される事態に。現地では他に情報源はなく、人々はもっぱらSNSに頼って情報収集を行っている。こうして、同店での大使の「感染」や日本大使館職員による「訪問」は既成事実としてタイの社会に広がっていった。
タイでは感染波が訪れるたびに、政府が強権で飲食店やマッサージ店などの休業を決定。タイ資本であれば一定の休業補償があるものの、日本人など外国人オーナーに対しては何の補償もない。一方で、家賃や人件費の拠出は発生し続けており、これが経営を圧迫している。事業を縮小したり閉店を余儀なくされた店も多数出た。支援を受けられない事業者の不満は頂点に達している。発生から1カ月以上経過した現在も、大使館批判が止まないのはこうした理由からだ。
人々が敏感になっているコロナ禍において、たとえプライベートであったとしても複数人でナイトクラブを訪れたことは軽率な行動であったとの梨田氏への指摘はまぬがれない。大使館側の公表態勢にも改善の余地があるかもしれない。現地の日系人が、異国での新型コロナ感染拡大とそれに伴う生活の変化に大きな不安を抱えているのは確かだ。一方で、新型コロナ感染拡大が、人々に疑心暗鬼と相互不信も引き起こしていることには注意しなければならない。「偽情報」による日系社会の分断は避けなければならない。(在バンコクジャーナリスト・小堀晋一)