田中秀臣の超経済学

「自民全敗」報道よりも考えるべきこと コロナ後の経済を見据えよ

田中秀臣

 政策論争は低調のまま

 衆院北海道2区、参院長野選挙区の両補欠選挙と参院広島選挙区の再選挙の投開票が25日に行われ、結果を受けてマスコミは「自民全敗」と報道した。自民党は北海道2区で候補者を立てず不戦敗。長野は羽田雄一郎元国土交通相の死去に伴う補選で、羽田氏の弟で立憲民主党の羽田次郎氏が「弔い合戦」を掲げて序盤からリードしていた。つまり、3つのうち2つは勝負が決まっていたようなものだった。

 広島選挙区では「政治とカネ」の結びつきが論点となり、立憲民主党、国民民主党、社民党が推薦した宮口治子氏と、自民党公認の西田英範氏の「与野党一騎打ち」が興味の対象となっていた。野党圧勝かと思いきや、宮口氏の得票は37万860票、西田氏33万6924票で、予想よりも接戦になったといっていい。経済評論家の上念司氏も26日の文化放送「おはよう寺ちゃん」の中で、立憲民主党など野党も喜ぶべき状況ではないと指摘していた。

 実際に「自民全敗」で野党支持者が盛り上がっているのは、ネットのトレンド欄だけのようだ。立憲民主党や野党に、「政権交代」を担うだけの政策構想があるわけでもない。ワイドショーでの与党批判の動きや、「文春砲」だのみの自民党のスキャンダル待ちが、立憲民主党など野党の多くの「方針」ではないか、と書きたくなるほど政策論争は低調である。

 むしろ、与党の中で、菅義偉政権の経済政策を刷新しようという動きが盛んである。例えば、安倍晋三前首相は顧問を務める自民党議員の「保守団結の会」で、「コロナ禍で間違っても増税はダメだ。政府・日銀連合軍で財政出動するしかない。今やらないと大変なことになる」とし、「東日本大震災の復興増税で、その後の日本経済に大きな負荷がかかった。そこからアベノミクス構想が始まった」と語った。

 さらに、安藤裕議員ら若手自民党議員が秋からの経済対策で、消費税を3年間ゼロにし、社会保険料も2分の1にするべきだと二階俊博幹事長に提言したという。筆者が顧問を務める自民党の有志議員グループ「経世済民政策研究会」も西村康稔経済再生担当相に対して、安倍前首相の発言と類似した、政府と日銀の協調による財政・金融政策、そしてコロナ税を政府はコミットすべきではない、とする提言を行ったばかりである。西村担当相は自身の政策的立場を、筆者らと同じリフレ派(金融・財政政策を積極的に行いデフレ脱却をする政策集団)だと明言し、さまざまな意見交換を行った。

 安倍前総理が代表を務める「ポストコロナの経済政策を考える議員連盟」の勉強会でも、筆者は多くの議員が出席する中で具体的な提言を行った。内容は「コロナ税」を絶対に行わないこと。財政政策と金融政策を協調的に行い、感染拡大を乗り越え、そして景気刺激でアクセルをふかし、ポストコロナにおいて世界で最も経済的な成功を実現することである。

 企業の借金を帳消しする案も

 特に筆者が強調した具体策は、2200万人超の低所得層に、感染終息まで毎週1万円を支給する“持続的給付金政策”である。コロナ禍がいつ終わるか不確実性が高い状況であり、低所得層の困窮が明らかであることを踏まえた支援策で、一時的な定額給付金とは異なる。もちろんその他にも提言をした、詳細は動画として公開されている。

 講演後の質疑応答で西田昌司参院議員が口火を切り、企業の負債問題が話題に上がった。コロナ禍で多くの企業が借金を背負っている。確かに、劣後ローンや無利子・無担保など政府の支援は一見すると積極的で充実していた。だが、コロナ禍がいつ終わるか不確実性の高い状況が続いている。求められる自粛の厳しさも、業種もその都度バラバラで予測がつかない。こうした中、借金が積み重なる状況は企業経営にとってリスク以外の何物でもない。既存の負債も企業の活動を大きく制約するだろう。

 解決策はあるのだろうか。一つは大規模な景気対策によって、インフレ目標を2%以上、できれば3%に引き上げて、その水準を超えてもしばらく放置するほど経済を活性化し、負債の実質的な重荷を軽減することである。

 もう一つは、既存の負債に対応する「補助金」を企業に投入することで借金を帳消しにすることである。この「補助金」は事実上、日本銀行が最終的な貸し手になることを意味する。新型コロナ危機は、民間の経済活動の結果として生じたものではない。政府がコロナ禍対策として経済をストップしたために生じたのだ。民間企業は好んで借財を背負ったわけではない。この負債を軽減すること、あるいは消滅させることは道義的でもある。

 勉強会での発言からも、安倍前首相は雇用問題に強い関心があるのがわかった。また、「ポストコロナの経済政策を考える議員連盟」代表代行の岸田文雄前政調会長が、冒頭で述べた選挙の応援で広島を訪れていて、出席されなかったのは残念だった。一度、岸田氏に経済政策観を直接聞いてみたいと思っていたからである。

 いずれにせよ与党内で具体的な経済対策案が出てくるのはいいことだ。だが、油断は禁物である。財務省や、その影響を強く受けた緊縮財政派の国会議員は、与野党問わず今でも活動を活発化させている。

 また、3回目の緊急事態宣言では政府の支援策も不十分だ。菅政権は本年度予算の予備費5兆円で、当面の対策は必要十分だと考えているのかもしれない。だが、それはコロナ禍の経済ショックを過小評価していないか。

 今回の短期集中的な緊急事態宣言が、どの程度の感染抑制効果をもつかは不透明だ。政府の思惑通りに短期で済まず、前回のように延長や再延長があるかもしれない。また、不十分な経済支援が、民間の自主的な協力を得ることを難しくしてしまう恐れもある。選挙で全敗したというマスコミの“盛った”報道ではなく、国民の経済支援を求める声にこそ、菅政権は耳を傾けるべきだろう。

田中秀臣(たなか・ひでとみ) 上武大ビジネス情報学部教授、経済学者
昭和36年生まれ。早稲田大大学院経済学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は日本経済思想史、日本経済論。主な著書に『経済論戦の読み方』(講談社現代新書)、『AKB48の経済学』(朝日新聞出版)など。近著に『脱GHQ史観の経済学』(PHP新書)。

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