新型コロナウイルスの影響を受けた飲食店の支援策「Go To イートキャンペーン」がスタートしてまもなく1カ月。全国約6500店の飲食店のデータを持つ民間企業の集計では、10月の1店舗当たりの平均来店人数はコロナ禍の影響が本格化した今年2月以来、最も高い数値を記録した。しかし、事業の恩恵を受けているはずの飲食業界から聞こえてくるのは必ずしも「うれしい悲鳴」ばかりではない。オンライン飲食予約サイト(グルメサイト)への手数料ばかりがかさむケースもあり、「潤っているのはグルメサイトだけ」という声も漏れる。飲食業の現場で今、何が起きているのか。
食い倒れの街で相次ぐ不思議な現象
「実はうちら、あの席の人と知り合いなんで席一緒にしてほしいんやけど」
大阪の繁華街・ミナミにある飲食店では、グルメサイトで予約した客が店内で知人や友人と“偶然”出くわすケースが相次いでいるのだという。
国内外で126店舗の飲食店を展開する外食大手「ワンダーテーブル」(東京)の竹原真理子マーケティンググループマネジャーは「ポイントはグループごとに付与されるので、本当は4人1組なのに2人1組ということにして別々のグループで申し込んで、店で偶然一緒になったということにする人がいるのです。『この席には2時間、4名様』といった具合に席効率を考えて売り上げを積んでいる店側は大変で、対応に追われています」と打ち明ける。
大阪では12月末までの期間中、指定のグルメサイトから午後3時以降に4人以下で5000円(税抜き)以上のメニューを予約して食事すると2000円分のポイントがもらえる独自のキャンペーンも実施されている。さらに大阪・ミナミの一部区域では11月15日までの利用でさらに2000円分が上乗せされる。このため、ワンダーテーブルが展開するミナミの飲食店では、Go To イートの利用をめぐる問い合わせが相次ぎ、「電話応対のためだけの従業員が必要な状態」(竹原マネジャー)という。
「Go To イート」は、購入額の25%分を上乗せした地域限定の食事券を発行し、消費者に販売。地域の参加飲食店で使える食事券事業と、ポイント付与事業の2本の柱で構成される。ポイント付与事業では、予約サイトを通じて飲食店を予約すると昼(ランチ)は500円、夜(ディナー)は1000円分のポイントが付与される。
「Go To イート」の効果は顕著で、飲食店に予約顧客管理システムを提供している「テーブルチェック」(東京)の集計によると、10月の1店舗当たりの平均来店人数は25日時点で前月比25.5%と急伸。平均来店件数は11.5件(前年同月比5.5%増)と、コロナ禍の影響が本格化した今年2月以来、最も高い数値となった。
ワンダーテーブルが展開する飲食店でも、グルメサイトからの予約が前年比で約2倍に増加。中でも、独自のポイント還元キャンペーンが実施されている大阪・ミナミの店舗では前年比5倍に伸びている。同社の竹原マネジャーは「グルメサイトの利用が2倍、5倍になるということは、グルメサイト側に支払う送客手数料も2倍、5倍になるということです」とジレンマを口にした。
グルメサイトの送客手数料「致し方ない」
ポイント付与事業の対象は、農林水産省から委託を受けた事業者が運営するグルメサイトで飲食店を予約・来店した人に限られる。居酒屋チェーン大手の「鳥貴族」では、327円(税込み)の1品のみを注文し1000円分のポイントを受け取る事例が複数店舗で発生するなど、少額決済によって差額分のポイントを稼ぐ事例が発覚し、外食チェーンが予約条件の変更などに追われた。だが、制度の不備はそれだけではないようだ。
「送客手数料を取られることは確かに痛いですが、そうしなければ新規のお客さまは来てくれません。致し方ないです」と話すのは、鉄板焼きやお好み焼きとワインが楽しめる高級店「Vin樹亭(ヴァンジューテイ)」(大阪市北区)のオーナーソムリエ、二宮久さん(56)。飲食店はグルメサイト側に「送客手数料」を支払わなければならないケースが多いという。
送客手数料は昼(ランチ)で1人50~100円、夜(ディナー)は200円程度。Vin樹亭は客単価1万3000~1万4000円の高級店で、コロナ禍までは多くの常連、リピーターに支えられ、もともと大手のグルメサイトに登録はしていなかった。しかし、感染拡大とともに来店客は激減。緊急事態宣言が行われた4月、5月は前年比97%減と大きく落ち込んだ。二宮さんは来店客増加の呼び水にしようと、グルメサイトの力を借りることに。「送客手数料はかかりますが、(グルメサイトは)集客ツールの一つ。新規のお客さまが来てくれます。考え方だと思います」と割り切っているという。
テーブルチェックによると、グルメサイト別の1店舗当たりの予約件数(26日時点)は「ホットペッパー グルメ」が前月比で289.5%と3倍近くも増加。「ぐるなび」は同264.7%、「一休.comレストラン」252.7%、「食べログ」207.6%と軒並み伸びた。
一方、客単価の低い飲食店では、グルメサイト側への送客手数料の負担が重くのしかかるケースも。例えば1000円のランチでは、売り上げの1割に当たる100円が送客手数料となることもある。
テーブルチェックの谷口優社長は「ポイント付与事業の利用者がキャンペーン開始から半月で1000万人を超えるなど、コロナにより大きく落ち込んだ客足を回復させる一助にはなっていると考えています」と指摘する。しかし、キャンペーンで本来支援すべき飲食店に、費用面や管理面での過剰な負担が発生しているとして、「制度の早急な見直しが必要です。このままグルメサイト経由の予約を促進することは、多くの飲食店が課題ととらえる『グルメサイト依存』をさらに深刻化させることにもつながりかねません」と懸念する。
ワンダーテーブルの竹原マネジャーは「予約がキャンセルされると、飲食店のスタッフらがグルメサイトの管理画面でキャンセル処理をするのですが、店舗が忙しくキャンセル処理を怠ってしまうと、送客手数料だけが引かれるということになってしまう」と飲食店が抱える苦悩を代弁すると、こう続けた。
「業界全体が落ち込んでいた状況ですのでキャンペーンそのものはありがたいのですが、グルメサイトの利用が前提というのはどうなのかなと。潤っているのはグルメサイトだけです」