景気失速、誤算のトランプ氏 バイデン氏には左派の陥穽
【ワシントン=塩原永久】トランプ米大統領が誇った「史上最高の米経済」が、新型コロナウイルス流行で急失速し、好景気を訴える再選戦略は瓦解(がかい)した。政策総動員で経済救済に乗り出したが、大統領選までの3カ月でV字回復する期待は薄い。民主党のバイデン前副大統領は製造業支援などの政策案を次々と発表。コロナ禍が直撃した雇用の再建を打ち出し、トランプ氏の支持基盤である労働者層への浸透を図る。

「米国のエネルギー産業を廃絶させようともくろむ政治家に言ってやる。テキサスには手を出すなと」
トランプ氏は7月29日、訪問先の南部テキサス州の原油掘削施設で、そう力を込めた。化石燃料からの転換を促す環境政策を掲げるバイデン氏を念頭に、石油産業を守る姿勢を示した。
トランプ氏は規制を緩和してエネルギー業界を支援し、原油掘削場の集積地である同州で人気は根強い。だが、共和党の牙城であるはずの同州で、バイデン氏のリードを許す世論調査結果が相次ぐ。異変の背景には、コロナ禍が招いた再選戦略の誤算がある。
トランプ氏は2月の一般教書演説で「米国衰退の精神を打ち破った」と述べ、大型減税や規制緩和で、戦後最長の景気拡大や半世紀ぶりの低失業率に導いた手腕を前面に再選を目指した。だが、直後のコロナ危機で「すぐにウイルスは消える」と繰り返し、対応が後手に回った。
30日発表された4~6月期の実質国内総生産(GDP)は、年率換算で前期比マイナス32・9%と過去最悪を記録。都市封鎖など厳しい感染防止策が響いた。さらに、経済再開を急いだ大統領の掛け声に呼応し、早期に防止策を緩和したテキサス、フロリダなどの南部州を中心に今も感染者が増え、景気に再びブレーキがかかる兆候が出ている。
一方、バイデン氏は「ビルド・バック・ベター(より良き再建を)」というスローガンを唱え、雇用の立て直しや環境・エネルギー分野の政策集を公表。「バイ・アメリカン(米国製品を買おう)」を旗印に米国製品の製造や販売を促す優遇策を打ち出した。
「米国第一」を掲げ、製造業が盛んだった中西部の労働者の心をつかんだトランプ氏の支持層を、切り崩そうとの思惑が透ける。
バイデン氏の政策には党内で存在感を増す左派への配慮もうかがえる。政策集は脱炭素社会の早期実現や幼児教育の無償化も盛り込んだ。党候補指名を争った左派のウォーレン上院議員らが「指南した」(党関係者)とされる。
バイデン氏は「勤労者世帯に焦点をあてる」とし、トランプ氏の減税の恩恵が富裕層や大企業に偏っていると批判。製造業支援に7千億ドル(約74兆円)を投じる大型政策の財源には、法人税の増税方針を示した。
ただ、バイデン氏の増税案がGDPを「1・5%引き下げる」(米税制財団)との分析もあり、産業界には警戒感もある。トランプ氏は「民主党は極左に乗っ取られた」と語り、穏健な有権者が民主党支持に流れるのを牽制(けんせい)。バイデン氏が思惑通りに支持者を手繰り寄せられるかは見通せない。