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ウイルスとは共存する相手 最善の備えが次の不適応にも 

【ニュースを疑え】山本太郎・長崎大教授

 社会を根底から揺るがす新型コロナウイルスのパンデミックは「戦い」など、戦争に例えて語られる。しかし世界各地で感染症対策に取り組んできた山本太郎・長崎大熱帯医学研究所教授は「ウイルスは倒すべき敵ではなく、むしろ共存する相手だ」と言う。ウイルスの遺伝子が哺乳類の胎盤形成を促して人類の進化にも深くかかわるなど、時間軸を変えれば全く違った側面が見えてくるという。

やまもと・たろう=専門は国際保健学。アフリカ各国や中米ハイチで感染症対策に従事してきた。(本人提供)
山本太郎氏(山本氏提供)
山本太郎氏(山本氏提供)
山本太郎氏(山本氏提供)
山本太郎氏。インタビューはオンラインで行った

 (聞き手 坂本英彰)

 --重症急性呼吸器症候群(SARS、サーズ)と中東呼吸器症候群(MERS、マーズ)など近年、新しい感染症の発生がよく伝えられる。こうした頻度は、歴史的にも特異なことなのですか

 「コロナウイルスは一般的なかぜの症状を起こす4種類に加えてサーズ、マーズ、それに今回の新型の計7種類が発見されています。かぜのウイルスは何千年、何万年も前に祖先が感染し、今のような病気を起こす性格のウイルスとして人間社会に落ち着いた。ところが21世紀になってからのわずかな期間に、3種類の新しいコロナウイルスが人間社会に入ってきた。これは度を越えた頻度であるといえるでしょう」

 --どうしてそうなるのでしょう。また今回のコロナウイルスも2003年に流行したサーズも中国で最初に感染が拡大したが、そのことをどうどうみますか

 「新しいウイルス感染症の出現が多くなっているのは、野生動物が住む自然の生態系が、開発や地球温暖化による山林火災などで厳しくなっていることとも関係があるでしょう。野生動物と人間の接触頻度が高くなっています」

 「中国についていえば、社会が急激に発展して開発が進んでいる。もともと人口も野生動物も多いうえに、野生動物を食べる習慣がある。新しいウイルスが現れやすい環境だといえるでしょう」

 --野生動物を宿主としていたウイルスがなぜ、あるとき人間に感染して感染症を引き起こすのですか

 「種を超えた感染はウイルスにも大きな負担を強いるため、通常ならその可能性は低い。エイズウイルスも何万年とアフリカミドリザルを自然宿主として共生し、しかもアフリカミドリザルにエイズを発症させることはなかった。種を超えた感染が起きるのは、本来の宿主でウイルスの存在が脅かされたため、という考え方ができるかもしれません」

 --新型コロナウイルスがまたたく間に世界に広がったのは、グローバル化が原因でしょうか

 「100年前のスペイン風邪の時代は船と鉄道が主な移動手段で、世界に広がるのに約6カ月かかりました。ところが今回は地球をぐるっと回っていくというより同時多発的で東京、ロンドン、ニューヨークなど大都市でバンバンバンと起きた。人の移動の量も速さも以前とは全く違うレベルになっているからです」

 「サーズの感染は発熱など症状が出たあとだったため、海外の国々は水際での対策がしやすかった。今回のコロナウイルスは無症状のひとからも感染が拡大したため、われわれにとっては都合が悪かったのです」

 --ウイルスは人間の弱みを突いてくるようです

 「ウイルスが弱みを突くのではなく、むしろわたしたちの社会が流行するウイルスを選ぶのだと思います。常に多くのウイルスが人間社会に定着しようとしていますが、社会の特徴が流行するウイルスを決める。仮に1000年前の人口がはるかに少ない社会だと、今回のような人が密集して感染が急拡大するウイルスは流行しにくい。社会のありかたが違えば流行するウイルスも違うのです」

 「がんや心筋梗塞といった病気と違い、ウイルスによる感染症の拡大は人と人の接触やネットワークといった要因に左右される。感染症は社会的な病気といえるでしょう。ウイルス拡散の抑制にしても、自分ひとりの努力ではどうにもならない部分があります」

 --社会全体を巻き込む戦争のようでもあり、欧米指導者らは「見えない敵との戦い」などと表現しました

 「戦争に例えるのはどうでしょうか。ウイルスを消滅させることが勝利だとすれば、恐らくいつまでも勝利はないでしょう。むしろウイルスとはつきあい、共存していく相手だと考えたほうがいいと思います」

 「20世紀なかば、医学や公衆衛生の進歩で人類は感染症との戦いに勝利しつつあるといった楽観論が広がったことがありました。世界保健機関(WHO)は何千年にもわたって人類を苦しめた天然痘ウイルスの撲滅に取り組み、1980年についに根絶を宣言した。ところがその後、エイズやエボラ出血熱といった新しいウイルス感染症が明らかになりました。現れるウイルスに戦いを挑み、撲滅を目指すという考え方は現実的でないように思います」

 --とはいえウイルスは深刻な感染症を引き起こす。ウイルスと人間は共存できるということですか

 「ウイルスと人間の関係は、時間軸によって異なります。100年や1000年単位で見ると、ウイルスを取り込んで免疫を持った社会は強(きょう)靭(じん)になる。ヨーロッパ人は新大陸へやすやすと進出しましたが、アフリカでは現地の感染症に苦しめられてなかなか内陸部に入れなかった。免疫がなかったからです。現代の人類が地球上のさまざまな土地に行けるのは、すでに多様な感染症にかかって免疫を持っているからなのです」

 「もっと長い尺度、何千万年という単位でみると、ウイルスは進化の原動力にもなっています。哺乳動物の子宮内にある胎盤は、遠い祖先が感染したウイルスが残した遺伝子の働きでつくられたといわれます。胎盤はウイルスが人間などに感染するために持つ免疫抑制能力を受け継ぎ、胎児を異物として拒絶しようとする母体の働きから守っているといわれるのです」

 --卵生から胎生へという哺乳類の大進化に、ウイルスが関与したということですね。それは驚きです

 「ウイルスは宿主つまり感染する生物がないと生存できません。だから最終的には、宿主と安定した関係を築くことがウイルスにとっても有利なわけです。宿主が環境適応性を高めて生存率を高める方向に、ウイルスが働きかけている可能性もあります」

 「現生人類が持つ遺伝子には、遠い祖先が感染したウイルスに由来するものが多くあります。私たちが環境に適応して自然淘(とう)汰(た)を生き抜いてくるために、ウイルスが移した遺伝子も大きな役割を果たしたといえるでしょう」

 --今後、新型コロナウイルスとどうつきあっていけばいいのでしょうか

 「人と人の距離を取るなどの対策で可能な限り感染速度を遅くし、最終的に7割ぐらいが感染して免疫を持てば集団としての免疫がついたといえます。感染速度を遅くするのは医療システムを維持してワクチンや治療薬開発の時間を稼ぎ、より重要なのはウイルスを弱毒化させるためです。ウイルスの毒性は固有ではなく変化する。感染速度が遅くなればなるほど、感染者を短期間で死なせて自らも消滅する強毒ウイルスは生存が厳しくなるのです」

 --また新たなウイルスによるパンデミックが起きないとは限りません。私たちはそれに備えた社会づくりをすべきなのでしょうか

 「それはすごく難しい質問です。今回の新型コロナを想定して最適の予防を講じた社会をつくったとしても、ウイルスが少し違うと対応できなくなる。最善は次の不適応を用意してしまう。社会のあり方が変われば、異なるウイルスを選び取ってしまうのですから。心地よくはないが、次善のなかで適応を模索するしかないのだと思います」

 【プロフィル】やまもと・たろう 長崎大熱帯医学研究所教授。昭和39年3月、広島県生まれ。長崎大医学部卒。京都大医学研究科助教授、外務省国際協力局課長補佐などを経て現職。医師、医学博士。専門は国際保健学、熱帯感染症学。アフリカ各国や中米ハイチで感染症対策に従事。著書に「感染症と文明」(岩波新書)など。

 【ニュースを疑え】「教科書を信じない」「自分の頭で考える」。ノーベル賞受賞者はそう語ります。ではニュースから真実を見極めるにはどうすればいいか。「疑い」をキーワードに各界の論客に時事問題を独自の視点で斬ってもらい、考えるヒントを探る企画です。