各国は新型コロナで買収防止 今こそ産業安全保障の危機に備えよ

 
日経平均株価は3月に1万6000円台をつけた。株価の下落は経済安全保障のリスク要因だ=3月17日

 中部大特任教授 細川昌彦

 新型コロナウイルスの感染拡大による経済への打撃は深刻だ。先般、補正予算で、緊急経済対策が成立した。倒産や失業を防ぐための資金繰り対策、生活支援は急務だ。ただ、緊急の短期的な問題を最重要課題として取り組むのはやむを得ないとはいえ、それだけに終始していてはいけない。

 各国も巨額の経済対策を打ち出しているが、その中で見落としてはならないのが「産業の安全保障」の動きだ。コロナショックによる株価急落によって重要企業が外国企業に買収されるリスクを警戒して買収防衛策が相次いでいる。特に中国系ファンドによる投資に警戒が高まっている。

 こうした動きの両輪となっているのが、「対内投資規制の強化」と「国家ファンドによる資本支援」だ。

 対内投資規制については3月下旬、オーストラリア、欧州で規制強化の動きが相次いだ。株価下落で企業の時価総額が急減する中で、重要産業を標的とした買収提案が中国系の企業やファンドから急増している背景からだ。この点では、日本も昨年11月に成立した改正外為法で、やっと欧米並みにキャッチアップした。

 しかしこれだけでは十分ではない。ドイツ、米国はこれまでの厳格な対内投資規制に加え、国家ファンドによる資本支援で自国の重要企業が買収されるのを阻止しようとしている。

 例えば、ドイツは3月27日、6千億ユーロ(約70兆円)の経済安定化基金を設立した。そのうち1千億ユーロは新型コロナの影響で企業価値が急落した企業のうち重要技術や重要インフラに関連する企業を買収から守るための資本増強に使われる。

 米国の2兆ドル超の大型経済対策を定めた「コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法(CARES法)」にも、その名の通り、経済安全保障の観点が加えられている。為替安定化基金に5千億ドル(約53兆円)を追加して特定企業支援としてボーイング社の救済のみならず国家安全保障上重要な産業に対しても出融資するといった内容だ。

 翻って日本はどうか。先般の補正予算の中にも中長期対策がないわけではない。対策の中には「強靱(きょうじん)な経済構造の構築」を掲げて、生産拠点の国内への回帰を補助金で支援することが盛り込まれた。中国依存度の高い製品についてリスクを減らすことは重要だ。しかしあらゆる産業を対象にしており、安全保障の視点で重要な産業に焦点を当てるといった戦略性は見られない。

 さらに大企業の資金繰り支援のための出融資も定められた。これは需要が急減した航空会社や自動車メーカーなどを念頭に置いたものだ。しかし出資枠はたかだか1千億円でドイツには遠く及ばない資金規模だ。

 中堅企業に対して資本を注入して破綻を防ぐ仕組みもつくる。官民ファンドの地域経済活性化支援機構を活用して最大1兆円まで出資するものだ。ただしこれは地域経済を支える中堅中小企業の破綻を避けるためのもので、安全保障の視点はない。規模も小ぶりだ。

 こうしてみてくると、安全保障を揺るがしかねない産業の備えとしては心もとない。株価急落の結果、安全保障に関わる日本企業も資本が毀損(きそん)され、企業買収の格好のターゲットとなる危険な状況にある。単なる一部の大企業の救済策としてではなく、安全保障の観点から戦略的に資本支援を検討すべきだ。

 企業経営者も今の事態をしのぐだけでなく、コロナ後の世界をにらんだ布石を打つべきだ。大企業でもこれまでも財務基盤の弱かった企業は存続の体力を奪われていく。コロナ収束後、需要が戻ったときに、これまでの供給体制がそのまま元に戻るわけではない。むしろ今は、グローバルな市場を見据えて、業界再編を仕掛けるチャンスだ。

 米中技術覇権争いが激化する中で、世界は経済と安全保障が一体化する時代に入った。そうした流れを新型コロナが加速している。各国は安全保障上重要な産業を自国内に確保することに躍起となっている。日本も短期の問題だけに終始せず、こうした構造変化に危機感を持って備えるべきだ。

 政府も「強靱な経済構造の構築」を政策として掲げるならば、単にサプライチェーン(供給網)の国内回帰への支援だけで満足していてはいけない。今こそ産業安全保障の危機に備えるべきだ。先月、内閣の国家安全保障局に「経済班」が設置された。経済安全保障の司令塔ならば、こうした産業安全保障にも重要な任務として取り組んでもらいたい。