【ローカリゼーションマップ】イタリア各都市で進む自転車利用 禍転じて…サステナブルな社会への動きも

今、世界中で語られているのは、今後、かの有名なウイルスとどうおつきあいしていくかである。ウイルスに「勝つ」とか、ウイルスと「交渉する」ではなく、「おつきあい」である。
人間社会は自然の世界の一部なのだから、ウイルスに勝ったように見えても、それはあくまでも「一瞬、勝ったような気になった」だけのことだ。思い込みにすぎない。欧州各国の行政も企業も、もちろん一市民も、おつきあいの仕方を考えている。全員とは言わないにせよ。
今回の禍で、欧州で最初の感染国になったのはイタリアだ。経済的な打撃は激しく、最近の新聞報道によれば、最悪、5万軒ほどの飲食店が店を閉じる可能性もあると予想されている。
現在の封鎖は5月3日までで、それから徐々に解除されていくと見込まれるが(もちろん感染の二次波がくれば、再封鎖の道を歩むだろうが)、少なくとも飲食店が5月4日から営業できるとは考えにくいとの見解が強いからだ。
そういうなかで、新しい社会活動のあり方が盛んに議論されている。
個々人の行動を把握するためのアプリも用意されているが、これは防御的な方策だ。あるいはバスの停留所を減らして閉じた空間に滞在する時間の短縮をはかる、地下鉄の駅へ入れる人数を制限する、という案も出ているが、これらも人々に「窮屈さ」を強いる話だ。
しかし、そのような話ばかりではない。開放感に溢れる話もある。
長い間、環境問題や社会的問題に対する動きとして、サステナブルな社会のあり方が問われてきた。近年、サステナブルであろうとする活動は先進国の「余裕ある活動」ではなく、世界的に真正面から捉えられるべきテーマだとの認識が経済発展レベルを問わず、議論の対象になってきた。
二酸化炭素排出制限にはじまり、自動車の有効利用をはかるライドシェアリングや公共交通の充実など、実際に実行されてきたことは多い。
しかしながら、少なくない人々の心のなかに、「サステナビリティって分かるけど、まあ、中長期の目標だよね」との想いがどこかにうずいていたはずだ。それに対して、今回の禍が一挙に優先順位を変えてしまった。
具体的にいえばソーシャル・ディスタンス(社会的距離)である。国によって数字は違うが、人との距離を1メートルから2メートル程度とることが飛沫感染を防ぐために必要とされる。
だから前述したように、公共交通機関内や店舗での人数制限がかかる。かといって自家用車の利用が増えれば、空気汚染というネガティブな影響を招く。
そこでイタリア各都市が推進しているのは自転車利用の促進である。しかし、専用レーンなしの自転車利用は交通事故の増加を招く恐れもある。そのために現行の自転車専用レーンをさらに延長させることがアイデアとして出てくる。
もちろん在宅勤務や時差出勤の促進、シェア電動自転車の普及、歩行者優先などとセットである。
いずれにせよ何年間もかけ、都心への自家用車の進入制限や路上駐車の有料化によって自家用車から公共交通へのシフト、シェア電動自転車の促進をはかってきたが、市民それぞれの健康を守る(即ち、瞬間的な医療システムへの負荷を避ける)との目的のために、交通システムが変化する可能性が一気に強まったわけである。
仮に何十年も後になって、イタリア各都市において自転車専用レーンが普及した姿がそのまま存在していたら(自動運転の電気自動車がどう関与してくるかは、別の展開)、観光ガイドは次のように語るのだろう。
「イタリアは自動車メーカーの政界工作もあり、1950年代以降の経済高度成長時代、公共交通機関の整備が遅れていた。20世紀末頃より環境問題から交通行政の変化が見られたが、それでも21世紀初頭、移動手段としての自家用車の位置は頑固たるものだった。しかし、今はこうして自転車が日々の交通手段として普通になっているのは、2020年のパンデミックを契機としている。これは北欧諸国の自転車の普及とは違ったルートを辿っている」
さて、すでに自転車文化のある国を別にして、まだ自転車文化が定着していない欧州他国は自転車に対してどのような政策をとってくるだろうか? スウェーデンのように封鎖していない国もあるが、封鎖解除の仕方を各国がお互いに参考にしている。それが今の欧州だ。
【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
Twitter:@anzaih
note:https://note.mu/anzaih
Instagram:@anzaih
ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。
関連記事
-
【ローカリゼーションマップ】大きな物語ではなく「ハイパーローカル」 今ここから考え、動き、変えよう
-
【ローカリゼーションマップ】ラグジュアリーはモリスに回帰 社会性の高いクラフト感覚が求められる
-
【ローカリゼーションマップ】風評被害を招く感染拡大の背景分析 限られた異文化理解の適用は自戒が必要
-
【ローカリゼーションマップ】全土封鎖のイタリアに悲惨な感染予測 それでも国民は歌声で鼓舞
-
【ローカリゼーションマップ】「人生は不安定だから自分は自分で守る」 新型コロナで子供に教えたいこと
-
【ローカリゼーションマップ】新型コロナでミラノのスーパーにも異変? 全体像把握の難しさが招くパニック
- その他の最新ニュースはこちら