論風

混迷深める世界経済 再生には歴史の教訓を

 最近の国際社会は、将来への理想を見失い、国際協力の精神を忘れ、未来への挑戦意欲を失っている。(地球産業文化研究所顧問・福川伸次)

 米中貿易戦争は混迷の度を深め、9月には米国が第4段の関税引き上げを実施し、中国は報復措置を取りつつ世界貿易機関(WTO)への提訴に踏み切った。両国は交渉を進めながらWTOの判断を待つことになる。米国がもしそこで敗訴した場合、それに従うのか、それともWTOを脱退するのか。

 6月に大阪で開催された20カ国・地域(G20)サミットはどうにかWTOの改革などを謳うことができたが、9月にフランスで開催された先進7カ国(G7)サミットは、実質合意がないまま、漸く1枚のペーパーを残すにとどまった。英国の欧州連合(EU)離脱も、英国でジョンソン首相の誕生で混乱が続き、ドイツも、フランスも政治が漂流している。中国は、共産党政権のもと、管理経済の強さを示し、キャッシュレス社会の管理と政府主導によるイノベーション体制に一応の成功を収めている。今後米国と競争し得るかは読み切れないが、当面6%程度の成長を維持するだろう。米国経済は何とか景気を維持しているが、財政構造の悪化が続く。国際通貨基金(IMF)が2019年の経済成長予測を当初の3.7%から3.2%へと下方修正したように、世界経済は徐々に経済不況と金融不安への懸念を高めている。

 高まる安全保障リスク

 軍事拡張競争の懸念も高まっている。8月に米露間で中距離弾道弾削減(INF)条約が失効し、核兵器拡張の懸念が高まっている。核兵器禁止への国際努力が一向に進まないばかりか、北朝鮮、イランなどで核兵器の拡張の動きが続く。中東地域は、米露の介入もあってシリアの混乱が一向に解決しないし、米国のイスラエル支援によってアラブ諸国の反発が高まっている。イランの核開発問題は、米国の伝統的なイラン不信に加えEUとの意見の相違があって解決の目途がない。

 アジア地域では、中国が経済力の拡張を背景に軍事力を海軍、空軍を中心に10%前後増加させており、高度技術力を背景に宇宙開発に力を入れている。朝鮮半島では北朝鮮の核開発に加え、韓国の北朝鮮寄りの政策から不安定性を増している。

 パワー構造絶えず変動

 歴史は、世界のパワー構造が絶えず変動することを教えている。1820年には日本を除くアジア地域が世界経済の56%を占めていた。それが20世紀にかけて低落し、2000年には7%に下がり、逆に米欧が拡大した。20世紀末からアジアが再び成長に転じ、18年には23%まで拡大した。21世紀央には50%程度になるという。

 永久に繁榮し続けた国はない。「ローマの歴史」を書いたモンタネッリは「魚は頭から腐る」と指摘した。政治は権力維持のため保護主義的行動をとる誘惑に駆られる。ローマを衰退させたのは市民をパンとサーカスで甘やかしたからともいう。

 1920年代後半には、保護主義、拡張主義で貿易戦争が拡大し、世界経済は大恐慌に陥り、3年間で世界貿易は3分の1に落ち込んだ。トランプ大統領の米国第一主義による保護措置は、企業を甘やかし、競争に勝つ努力をそぐことになる。歴史は、市場競争こそが成長の源泉であることを語っている。

 複雑な国際情勢において日本はどのような行動をとるべきか。それは、愚直に歴史を学び、国際主義に徹し、その意義を世界に呼びかけることである。同時に市場競争を重視し、イノベーションを推進し、世界で滔々と進行しているデジタル経済に最適な枠組みを提案することである。1993年サミュエル・ハンチントン教授は「文明の衝突」論で世界を8つの文明圏に分け、日本文明を1つの独立した文明圏と位置付けた。私はそれを日本文明が他の7つの文明圏と寛容性をもって協調し得る可能性を示唆していると考える。文化的、経済的に質の高い社会、それがその源泉となる。

【プロフィル】福川伸次

 ふくかわ・しんじ 東大法卒、1955年通商産業省(現経済産業省)入省。86年通産事務次官。88年退官後、神戸製鋼所副社長、副会長、電通総研社長兼研究所長を経て、2005年から機械産業記念事業財団会長、12年4月から現職。87歳。東京都出身。