欧州最古の旅行代理店トーマス・クック破綻の理由 税金で15万人帰還大作戦

 
23日、ギリシャのイラクリオン国際空港で並ぶトーマス・クック・グループの利用者。英政府による本国への帰還措置は長時間待たされる混雑が発生した(ロイター)

 創業178年を誇る英旅行代理店「トーマス・クック・グループ」が9月、ロンドンの裁判所に破産を申し立てた。英政府が同社のツアーで海外に旅行していた15万人以上の観光客を本国に帰国させる措置をとるなど国内は混乱。同社の破綻で約2万2000人が失職する事態に陥った。倒産の背景には、欧州連合(EU)離脱による景気低迷を不安視した英国の観光客が海外旅行を控えたことが影響したという。EU離脱の問題が欧州経済をむしばんでいる。(ロンドン 板東和正)

史上最大の帰国作戦

 「これほどの乗客を帰国させる事態は私の経験上、初めてだ…」

 9月23日。ロンドンのある空港の男性職員はそう打ち明けた。

 英政府はトーマス・クック・グループの破産申請を受け、チャーター機を運航し、約2週間にわたって15万人以上を帰国させる「マッターホルン作戦」を開始した。平時としては英国史上最大の本国への帰還措置で、作戦による納税者の負担は約1億ポンド(約132億円)に上ると想定されている。帰還作戦は順調に進んでいるものの、旅行を中断されたり、空港で長時間待たされたりする客が相次ぎ、現場は混雑した。

 欧州のツーリズムの「基礎」を作った大企業が歴史に幕を閉じることに、むなしさを隠せない関係者は多い。

 1841年創業のトーマス・クック・グループは世界で最も古い旅行代理店とされる。ホテルや交通機関の予約代行のほか、休暇期間中のパッケージ旅行を企画・販売した草分け的な存在だった。破綻直前まで、16カ国でホテル、リゾート、航空会社を展開し、約2万2000人の雇用を支えてきた。

 「とても悲しい日となる」。最高経営責任者(CEO)を務めていたピーター・フランクハウザー氏は、破産申請を受けてそう声明を出した。

EU離脱が影響?

 英BBC放送によると、トーマス・クック・グループの経営が傾いたのは、オンラインで多くの旅行者が個人で簡単に旅行を計画できるようになった「時代の流れ」が要因の一つとみられるという。BBCの取材に応じた旅行業者は「(同社は)21世紀に対応する用意ができていなかった」と話した。

 一方で、トーマス・クック・グループは業績悪化の理由として、経済に影響を与える「合意なき離脱」のリスクを懸念し、英国人が海外旅行を控える傾向が強まっていたことを挙げた。

 英大手銀行バークレイズが今年5月に発表した調査によると、休暇で海外旅行より国内にとどまることを選ぶ英国民が増加している。離脱問題の不透明感が増し、通貨ポンドが下落すれば、海外旅行の費用が大幅にかさむ恐れがあるためだ。

 毎年、夏の休暇で米国を観光で訪れるというロンドン在住のマーク・サイモン(45)さんは「離脱が最終的にどれほどの景気悪化を招くか分からず、各家庭が経済的な備えをしておきたい時に、海外旅行に行くのは勇気がいる」「かなり多くの国民が海外旅行に消極的だろう」と話した。

地盤沈下が進む欧州

 事実、ジョンソン政権がまとめた内部文書によると、合意なき離脱となった場合、生鮮食品の輸入が減少して価格が上昇するほか、医薬品の供給量も減り、低所得者に打撃を与える可能性がある。

 英経済への影響だけではない。

 EU統計局が発表したユーロ圏19カ国の2019年4~6月期の実質域内総生産(GDP)は、前期比0・2%増で、18年10~12月期以来、2四半期ぶりの低い伸びとなった。離脱の懸念から、EU加盟国の経済成長が鈍化したとみられている。

 英国に自動車を輸出するドイツは特に深刻で、関税復活により重い負担が生じる見通しだ。独連邦銀行(中央銀行)は景気後退に陥る恐れがあると警告している。

 欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は9月23日、離脱の影響も踏まえ、短期間でのユーロ圏の景気回復が見通せない-との認識を示した。

 離脱問題は今後、英国の老舗企業にとどまらず、輸出事業を担う企業を中心に欧州ビジネスに暗雲をもたらす恐れが高い。