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金融庁痛恨、宙に浮く“指摘” 伝えたかったメッセージと異なる点で議論紛糾

 夫婦で2000万円の蓄えが必要とした金融庁金融審議会の報告書が、過剰な表現で国民に不安を招いたなどとして撤回される見通しとなった。ただ、多くの国民が老後の資産について考えなければならないという現実は変わらない。報告書をきっかけに国民的な議論を喚起したかった金融庁にとっては“痛恨のミス”で、今後、進めようと考えていた税制改正の議論などにも影響が及ぶ可能性がある。

金融庁が入る中央合同庁舎第7号館

 「もう少し言葉の選び方を慎重にすべきだった」。金融庁の幹部はそう肩を落とす。今回の報告書では金融庁が本来伝えたかったメッセージとは違うところで、議論が紛糾してしまったからだ。

 報告書は長寿化が進む人生100年時代において、「これまでより長く生きる以上、多くのお金が必要となる」と指摘。その上で、金融資産の不足を生じさせないため、保有資産の運用など“自助”の取り組みの重要性を指摘し、実施すべき対応策を例示した。

 しかし、この前提となる現状説明の部分で、高齢夫婦世帯の平均的な姿を「毎月の赤字額が約5万円」とし、「(老後の)不足額の総額は1300万円~2000万円」と記したことが問題視された。実際は退職金や預貯金もあるため「不足額」とは言い過ぎで、生活にかかる支出も世帯によって大きく異なるため、平均値では誤解を招きかねない。金融庁の別の幹部も「単純化しすぎて、かえって混乱を招いた」と話す。

 既に削除されたが、5月に示された報告書案で、公的年金の給付水準について「今までと同等と期待することは難しい」などと“公助”の限界を認めるような記述があったことも、批判の呼び水になっている。

 しかも影響は報告書にとどまらない可能性がある。金融庁は昨年度の税制改正要望で、老後に備えた資産形成を助ける少額投資非課税制度(NISA)について、投資できる期間の制限撤廃を要望。実現しなかったが、今回の報告書の中でも税制改正の必要性を指摘しており、今年度も同様の要望が行われた場合、報告書の議論が再びぶり返す恐れもあるからだ。

 報告書は撤回される方向だが、法政大学の小黒一正教授は「本質的な部分で金融庁が指摘したことに誤りはない。今後増加が予想される高齢者の貧困問題など、現実から目を背けずに社会保障制度改革などの議論を深めるべきだ」と話している。(蕎麦谷里志)