【日曜経済講座】米自動車関税の影響どこまで 「ドミノ効果」なら世界景気腰折れの懸念

 
海外戦役退役軍人協会の会合で講演するトランプ米大統領=7月24日、米カンザスシティー(AP)

 トランプ米政権が自動車と部品に対する輸入制限の検討を進めている。米国は年間1700万台規模を販売する世界最大市場だ。完成車や部品に追加関税が適用されれば、関税分が上乗せされて販売価格が値上がりし、消費を下押しする可能性が高い。業界団体などが影響を試算し公表しているが、経済の悪循環につながる「ドミノ効果」で想定を超えた副作用が起き、景気の腰折れを招く懸念もある。(ワシントン 塩原永久)

 トランプ政権は、自動車・部品の輸入品が「安全保障上の脅威」に当たる可能性があるとし、米通商拡大法232条に基づく追加関税を検討中だ。トランプ大統領から検討を指示された商務省は7月19日、産業界などから意見を聴く公聴会を開催したが、証言者の大半は「関税は間違った手法だ」(米自動車工業会)などと反対を表明した。

 しかし、調査を進めるロス商務長官は「8月のどこかの時点で(結果を)まとめる」と表明。米業界は「政権はいずれ発動を決める」(メーカー幹部)とみており、「公聴会は見せ物に過ぎない」(経済学者)と冷めた声もある。

 公聴会では、大手メーカーなどで作る米自動車工業会が関税発動により完成車がどれだけ値上がりするかに関する試算を公表し、25%の追加関税で輸入車が1台約6000ドル(約66万円)、国産車も2000ドル値上がりすると予測した。

 トーマス副会長は「関税が自動車産業と経済に対するドミノ効果の引き金となりかねない」と指摘。価格上昇が需要減と生産低下を招き、それが雇用削減につながる“負の循環”に陥ることに懸念を表明した。米国の自動車輸入制限に対しては、貿易相手が報復関税を発動する公算が大きく、「ドミノ効果」を増幅させる恐れがある。

 自動車は数万点の部品の集合体だ。自動車業界は部品の製造・調達をめぐる精緻な国際分業態勢を築いており、製造過程で部品の輸出入が繰り返され、関税の副作用が広がる恐れも根強い。中小企業が主体の部品メーカーの業界団体、自動車・部品製造業協会は、1000社超の聞き取り調査の結果を基に「関税が発動されれば事業者が半年以内に雇用削減に動き、1年以内にも投資計画の見直しを始める」との見通しを示した。米国の自動車の「平均年齢」は約11年で、部品を交換して長く使う所有者にとって、部品への関税は維持管理費を引き上げる重荷となる。

 ところで、一方的に輸入制限を発動する保護主義的な政策が、関税応酬の「ドミノ」につながったケースとして思い起こされるのが、1930年代の「貿易戦争」だろう。トランプ政権の強硬策に対しては、「30年代にかけて保護主義が高まり、世界が大不況に転落した過ちを繰り返すな」として、貿易戦争の再来を危惧(きぐ)する見方がある。

 当時を振り返ると、米フーバー政権下の30年に関税法「スムート・ホーリー法」が成立。国内産業を保護するため、約2万品目で輸入関税の大幅な引き上げを実施し、欧州各国から報復関税を招いたことで世界貿易が激減し、世界不況が深刻化した。

 ただ、こうした歴史上のケースとトランプ政権の輸入制限を比較すると、現状では米政権が発動済みの追加関税の規模は30年代より小さい。

 ピーターソン国際経済研究所の通商専門家、ボーン氏とダートマス大のアーウィン教授の試算によると、米政権が既に実施した(1)太陽光パネル・洗濯機への追加関税(2)鉄鋼・アルミニウムの輸入制限(3)340億ドル分の製品に対する対中制裁-では、関税対象額が計約920億ドルと昨年の米輸入額の約4%相当にとどまっているという。一方、スムート・ホーリー法で対象となったのは、当時の輸入額のほぼ3分の1だったとされる。

 トランプ政権が検討中の(1)対中制裁の対象額を計2500億ドルに拡大(2)自動車・部品に追加関税を課す輸入制限-がともに実施された場合、「輸入の約25%に制限が適用される」(ボーン氏)計算になるという。歴史上のケースと現代とで単純比較はできないが、トランプ氏が検討中の強硬策を全て実施すれば、輸入額に対する対象品の規模で歴史的な保護主義政策と肩を並べるような水準となる。

 米経済は政権の大型減税や財政支出拡大の恩恵もあって好調だが、輸入制限で消費や投資が下押しされれば景気の腰折れにつながりかねない。特に自動車の輸入制限は、部品の調達・供給網(サプライチェーン)に「壊滅的な悪影響」(メーカー)を及ぼし、後戻りできない打撃を米経済と世界貿易に与える底知れぬ危険性がある。