「親日国カンボジア」での日本企業のマズい現状 海外勢に負け始めた理由

提供:PRESIDENT Online

 カンボジアの経済成長が著しい。首都プノンペンでは、月収1000ドル(約11万円)に達するサラリーマンも増えている。国外企業の参入も進んでいるが、その中で日本企業は中国・韓国系企業に大幅に後れを取っているという。日本企業について、カンボジアのビジネスパーソンたちは「リスクを取りたがらない“大企業病”」と口を揃える。日本企業のマズい現状とは--。

 内戦終結から約25年。ASEANの最貧国・カンボジアは、劇的な“成長期”を迎えている。砲火や地雷、児童買春などがはびこる「危ない国」というイメージは、もはや過去のものとなりつつある。特に首都・プノンペンにおいて、その変化のスピードはとても顕著だ。

 20年間年平均7%以上の成長が続く

 カンボジア経済は過去20年間、年平均7%以上の成長を続けてきた。プノンペンに住む住民世帯あたりの可処分所得も、2009年から20年にかけて約2倍に増加。12年に月額61ドル(縫製関連産業)だった最低賃金は17年に153ドルとなり、さらに今年10月に行われた労使・政府の賃金交渉では、18年から170ドルに引き上げられることが決まった。そうした経済の発展状況を受け、世界銀行は16年7月にカンボジアの所得分類を「低所得国」から「低・中所得国」に格上げしている。

 カンボジアには「リエル」という国内通貨があるが、実際に流通している通貨の大部分は米ドルだ。そのため、新興国にありがちな為替リスクや、外国資本の参入障壁が低い。その通貨の特性は海外からの直接投資を引きつけており、国の発展を加速させる促進剤になっている。

 と、ここまで紹介した情報は、新聞や調査企業などが発行する記事やレポートで確認することができるものだが、カンボジア現地で感じることができる「体感的な変化のスピード」はさらに早い。現在、プノンペンのいたるところで、住居用の高層ビルや洗練されたオフィス&ショッピングセンター、コンドミニアムなどが相次いで建設されている。そのほとんどが「ここ数年以内に建てられた、または近日完成する予定」(日系不動産デベロッパー関係者C氏)で、今後も不動産開発ラッシュは加速していくと見られている。プノンペン屈指の好立地・ボンケンコン地区に、不動産視察ツアーで訪れた日本人投資家は言う。

 「プノンペンの発展ぶりは日本で想像していた以上。唯一、東南アジアで水道水が飲める街という事実も驚きです」

 カンボジア国民の平均年齢は24歳。国の経済を支える若い働き手の中には、平均所得を大きく上回る「月額1000ドルプレーヤー」も現れ始めている。しかも彼らは、現地企業に勤める、普通の“サラリーマン”だ。そのうちの1人であり、外資系不動産企業に勤めるダリット氏(28歳)は言う。

 「内戦時代を経験した僕の親の世代が若かった頃には、国内に通貨すらありませんでした。生活品は米と金で売り買いしていたと聞いています。僕がまだ幼かった90年代後半にも、クーデターなど内戦の残り火がくすぶっていて、政情が不安定だった。それから20年たたない内に、人々の生活が大きく変化しました。ここ3~4年では、車など高額な買い物をする際にローンを組めるようになったし、海外旅行に行く人も一気に増えています」

 取材の最中、ダリット氏はスマートフォンを取り出し上司の電話に対応する。耳元にかざされたのは「iPhone」だ。ダリット氏いわく、「自分のような生活水準にある若者は確実に増えている」という。

 「親日国」でも「ビジネスは別」

 では、そんな発展著しいカンボジアで、日本企業はどのような状況にあるのだろうか。

 日本政府はPKOやODAなどにより、内戦で荒廃したカンボジアの復興を支える事業に尽力してきた。現在でも、プノンペン内の交通用信号設置など、インフラ整備に大きな役割を果たしている。前出のように、プノンペンが「唯一、東南アジアで水道水が飲める街」になった背景にも、実は日本の自治体・北九州市の技術支援およびビジネスベースの交流がある。

 そのため日本では、カンボジアは熱烈な「親日国」であるというイメージが根強い。実際、カンボジアの通貨のひとつである500リエルには、日本の国旗が描かれているし、現地で話を聞いてみても、多くのカンボジア人にとって「日本の印象はとても良い」という話ばかりだった。そうなると、当然、民間のビジネスにおいても優位にあると考えたくなるが……日系不動産企業に勤めるA氏は、その実情をため息まじりに話す。

 「カンボジアは確かに親日国です。しかし、現地ビジネスで日本企業が勝っているかというと必ずしもそうではありません。特に大型の不動産開発案件では、中国・韓国など外国勢に後れを取っている。その象徴的な例が、イオン2号店の受注です」

 「イオンモールプノンペン」が正式にオープンしたのは、14年6月30日。開業1年間で同モールを訪れた人々の数は、当初の予想を大幅に上回る1500万人超となった。1500万人と言えば、カンボジア全体の人口に迫る膨大な数だ。カンボジアの不動産開発案件で唯一無二の大成功を収めたイオンモールプノンペンを受注したのは、韓国のGS建設だった。そして現在、「2号店」の建設が同じプノンペン内で進められている。受注したのは、韓国のヒュンダイエンジニアリングだ。

 「今回、日本企業が提示した受注額は、韓国ヒュンダイが提示した金額を下回っていたそうです。しかもクライアントは日本企業のイオン。それなのに、最終的に受注できませんでした。真実は不明ですが、何かしらの『政治的要因』が働いたというのが、関係者たちのなかで大筋の見立てとなっています」(前出の日経不動産企業勤務A氏)

 「荒っぽい」ことをしない/できない日本企業

 A氏によれば、イオン2号店のように、大型の不動産開発案件を他国企業に取られてしまう事例は決して少なくないという。カンボジアに限った話ではなく、JICA主導のODA案件でさえ、日本企業が受注できないという状況がそこかしこにあるそうだ。

 「統計を見ると、カンボジアへの直接投資の量は中国が圧倒的に多い。次いで、韓国、マレーシア、英国、ベトナム、米国、日本と続いています。とはいえ、日本企業がカンボジア現地で勝てない理由は、そのようなマクロな要因だけではありません。中国や韓国企業は賄賂や接待などを駆使して、手段を選ばず仕事を取りに来る。例えば、政府高官に高級車を贈る、海外に連れていって接待する、といった話は珍しくありません。彼らにとっては結果がすべてなんです。一方、日本企業は、そうした荒っぽいことはあまりしません。結果、政界に太いパイプを作ったり、現地の細かい情報を集めたりすることができず、競争に負けてしまう」(前出、A氏)

 一方、カンボジアに進出している韓国系物流企業と親交の深い、日系大手企業の関係者S氏は、日本企業の内部状況について次のように指摘する。

 「特に日本の大企業では、賄賂や過度な接待など現地のグレーな商習慣を避ける傾向が顕著です。表向きには『コンプライアンスの遵守』や『クリーンな仕事をしたい』という企業全体の方針ですが、実際には言い訳ですよ。つまり現場の人間たちは、時間や予算をかけるなど、自分が深くコミットしたプロジェクトが失敗するのを怖がっている。個人として責任を取りたくないんです。しかも日本の企業は、成功した際の個人の評価も曖昧。そんな“大企業病”が、カンボジアでも見え隠れしています」

 S氏によれば、「90年代にカンボジアに進出した大手商社の第一世代には、現在の中国や韓国勢に負けず劣らず、現地に食い込んでいく日本人ビジネスマンも少なくなかった」という。しかしここ数年では「その手の働き手がめっきり減った」のだそうだ。

 「現在、60~70歳代になる元日系企業駐在員の現役時代の話を聞くと、接待や賄賂は当たり前で、いくつかプロジェクトに失敗しても、大きな商談を決めさえすればチャラになるという風潮があったようです。きっと、時代的な違いもあるのでしょう。それでも、結果を出すということにこだわるスタンスは必要。それが失われてしまえば、今後も海外勢に負け続けるしかありません」(前出、S氏)

 リスクをおそれて中韓企業に負ける

 そのような意見に対して、カンボジア青年であるダリット氏も半ば同意する。中国・韓国企業と日本企業の違いを尋ねたところ、ダリット氏は短くこう話した。

 「日本のビジネスマンはリスクを取ることを極端に嫌がっているように見えます。例えば、何もない原野の土地が2倍になると予想されているとして、中国など海外企業はリスクがあっても目をつぶって買う。一方、日本の企業はリスクが下がるまで待って商機に乗り遅れ、最終的には何もしないということが少なくありません」

 猛烈なスピードで発展しつつも、まだまだ新興国特有の商習慣が残るカンボジア。その東南アジアのフロンティアで、日本企業はどう戦っていくべきか。本稿では「海外勢に負ける日本企業」について言及してきたが、実際にはカンボジア現地で成果をおさめている日本人ビジネスマンも少なくない。特に飲食や美容などサービス分野においては、現地の需要をくみ取り、着実にビジネスを前に進めている人たちも増え始めている。現地の声や状況にさらにアンテナを高め、戦い方を研ぎ澄ましていく必要があるのかもしれない。

 河 鐘基(は・じょんぎ)

 1983年、北海道生まれ。株式会社ロボティア代表取締役。テクノロジー専門ウェブメディア「ロボティア」(roboteer-tokyo.com)を運営。著書に『AI・ロボット開発、これが日本の勝利の法則』(扶桑社新書)、『ドローンの衝撃』(扶桑社新書)、『ヤバいLINE 日本人が知らない不都合な真実』(光文社)。訳書に『ロッテ 際限なき成長の秘密』(実業之日本社)、『韓国人の癇癪 日本人の微笑み』(小学館)など。

 (ロボティア代表取締役 河 鐘基)