【高論卓説】日本農業が生んだ世界の“救世主” サツマイモ新品種「すいおう」

 
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 やれラーメンだ、やれすしだ。グルメ、グルメで気楽に暮らす日本人には想像に難しいが、世界ではいまだに約10億人の人々が飢餓や栄養不足で苦しんでいる。食糧不足の原因はいくつかあるが、激増する人口に供給が追いつかないことが一番だ。さらに中国など経済発展の結果誕生した中間層の食の好みが菜食から肉食に傾向していることも大きい。

 牛肉1キロを生産するためには11キロの餌を牛に与える必要がある。特に日本のように放牧ではなく厩舎(きゅうしゃ)飼育では、牛1頭つまり200キロの牛肉を生産するために2.2トンの穀物を与える必要がある。2.2トンの穀物とは人間8人分の1年間の食に匹敵する。本来なら人間の食べ物であるべき穀物が家畜の餌に回され人が腹をすかせる。皮肉な結果だ。

 また、先進国では食品破棄という問題も抱えている。日本だけでも年間2700万トンの食べ物が生産現場、流通、レストラン、家庭で捨てられており、これは約1億人が1年間暮らしていける食糧と同量である。同じ地球上で、一方では食糧不足に悩み、他方では食べ物を捨てている。愚かなことだ。

 農学博士の山川理さんは過去40年間、サツマイモの品種改良に取り組んできた。農林水産大臣賞などを受賞した世界に知られたイモ博士である。デンプン質を多く含み保存が利くイモは世界中で食されており、日本人も戦中戦後の食糧難の時代をサツマイモに救われた経験がある。

 山川博士が九州沖縄農業開発センターと7年間の共同研究で開発したサツマイモの新品種が「すいおう」だ。「すいおう」はイモだけでなく葉も茎も全ての部分を食することができる画期的なサツマイモである。その上、イモを1回収穫する間に生育の早い葉と茎は3回収穫することができる。

 私たちが普段食するイモにはカロリーの元となるデンプン質、葉や茎の部分にはビタミン、ミネラル、ポリフェノールなどの栄養素が多く含まれている。「すいおう」の葉や茎に含まれる栄養価はカルシウムでホウレンソウの2.8倍、ビタミンB1でキャベツの2倍、ビタミンB2でセロリの5.6倍だ。

 つまり、「すいおう」を食べれば、カロリーもビタミンもミネラルも摂取することができる。これこそまさに飢餓や栄養不足に悩む国や地域が待ちに待った天の恵みであろう。「すいおう」は安価で大抵の土壌でも生育が可能なので雨の少ない地域でも比較的簡単に栽培ができる大きな利点がある。

 「すいおう」は国内でもまだあまり知られておらず、現在官民で構成される「すいおう研究会」が国内での普及を図っている。が、山川博士にはその先の世界を見据えた大きな夢と計画がある。近い将来、国際協力機構(JICA)の若者が大量の「すいおう」の苗を担いで世界の貧困地帯に飛び出す。やがてその地域には「すいおう」の緑の葉が広がり、飢えて痩せ細った子供たちから笑顔が戻る。日本で生まれた野菜が世界の飢餓を救う。すごいぞ、日本の農業。ガンバレ、イモ博士。それにしても食品破棄は自分たちで何とかしないといけない問題だ。

【プロフィル】平松庚三

 ひらまつ・こうぞう 実業家。アメリカン大学卒。ソニーを経て、アメリカン・エキスプレス副社長、AOLジャパン社長、弥生社長、ライブドア社長などを歴任。2008年から小僧com社長(現職)。他にも各種企業の社外取締役など。71歳。北海道出身。