米政権の対中通商圧力 「恫喝」で知財侵害を阻めるのか
視点□産経新聞論説副委員長・長谷川秀行
トランプ米政権が、世界貿易機関(WTO)で認められた国際ルールよりも米国の法律を活用し、中国に対する経済的な圧力を強めている。
米通商法301条に基づき中国が知的財産を侵害しているかどうかをみる調査のことだ。「クロ」と判断すれば、関税引き上げなどの一方的な制裁措置を取れる。WTOルールに抵触しかねない劇薬である。
まだ調査を始めただけであり、実際に制裁を発動したわけではない。それでも看過できないのは、かつての日米貿易摩擦に際し、制裁をちらつかせた米国に市場開放を迫られた苦い経験があるからだ。
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相手国を自国の主張に従わせるため、国内法を恫喝(どうかつ)に使う。そんな手法が有効だと米政権が考えるなら、次は対日交渉で無理を通すために使うかもしれない。まずはその危険性を認識しておくべきである。
中国の問題をあぶり出すこと自体は妥当である。知財侵害は米国に損害を与えるだけでなく、中国の覇権主義的な国家戦略と結びついているという見方もある。それほど根が深い問題なのである。
例えば、中国が技術を取得するため、外資に技術移転を強要しているとされる問題だ。中国はWTO加盟時、技術移転を強要しないと約束したが、いまだにそれが隠然と行われているといわれる。
これに関連して日米欧が警戒しているのは、中国が2年前に定めた10年間の行動計画「中国製造2025」である。世界トップ級の製造強国になるための製造業の強化戦略だ。情報技術やロボットなどの重点産業を列挙すると同時に、シェア目標を掲げて国産技術の確立を目指している。
問題は、その実現のため、政府による企業活動への不当な介入に拍車がかかる恐れがあることだ。技術移転の強要や国内産業の優遇が懸念され、在中国の欧州連合(EU)商工会議所などが批判している。
無論、米国が日欧と連携して改善を求めるなら問題はない。そうではなく米国が独善的に振る舞うから、国際社会の批判の矛先は中国ではなく米国に向かうのだ。
米政権が腰を据えて問題に対処するのかも判然としない。確かにトランプ氏は、中国の輸出攻勢で米製造業が衰退したと批判してきた。だが、実際には、経済を外交や安全保障などの取引材料としてきた。貿易面での最近の圧力も、北朝鮮問題での中国の対応に不満があるためだとされる。
情勢次第で経済外交が揺れるからか、米国の政策は迷走している印象が強い。
例えば、中国の過剰供給能力を起点とする鉄鋼製品のダンピング(不当廉売)への対応だ。トランプ政権は通商拡大法232条による輸入抑制策を検討中で、日本製品なども対象になる懸念がある。
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232条は、輸入が安全保障を脅かすと認定すれば、大統領の権限で輸入を調整できる法律だ。1980年代には、これをかざして日本に工作機械の輸出自主規制をのませたこともあった。だが、今回は、6月末の予定だった232条の調査報告が大幅に遅れており、手詰まり感が強まっている。
それはなぜか。そもそも鉄鋼と安保を結びつけることに無理がある。この理屈が通るなら、各国は同じ理由でさまざまな米国産品を締め出す報復措置を取るだろう。米自動車業界などが輸入制限に反対している現実も、当然ながら無視できない。
最近は232条ではなく301条で鉄鋼を扱うべきだという議論まであるそうだ。それほど米国の政策は不確実性が高い。
では、国際社会は米国にどう向き合うべきか。まずは、中国の不当な制度や商慣行が明確になっても、米国独自に制裁するのは控えるよう促すべきだ。対抗措置が必要なら、WTOの枠組みを使って一緒にやるよう持ちかけてもいいだろう。
同時に環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)で合意したルールを世界に広げる。TPPは技術移転の強要を禁じ、紛争時の解決手段も記した。中国の不公正な動きを封じるのに必要なのは国際的な連携だ。
米国にその努力がなければ、たとえ問題意識が正しくても国際社会の理解は得られまい。中国が対抗措置を講じる報復合戦が生じれば、解決はさらに遠のくだろう。
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