NASAにとって中国が“脅威”に… 野心的な宇宙開発を警戒、国際会議から中国人締め出し

 
米国は中国の宇宙開発に脅威を感じている

 《宇宙開発で世界の先端を走っている米国が、中国を脅威に感じている。開発予算をみると、中国の約110億ドルに対し、米国は約390億ドル。差は大きく開いているのに、なぜ米国は中国の動きを注視しているのか。[山田敏弘,ITmedia]》

 1961年5月25日、米国のジョン・F・ケネディ大統領は米議会で、「10年以内に、人類を月に上陸させ、安全に帰還させる」とスピーチをした。このスピーチは、米国の宇宙開発を加速させた歴史的なものであるとして今も語り継がれている。

 当時、NASA(米航空宇宙局)に勝算があったわけではない。現実には、人を月に送るための具体案やビジョンすら持ち合わせていなかったと言われている。

 このスピーチの背景には、数年前の1957年にソ連が米国に先駆けて人工衛星のスプートニクの打ち上げに世界で初めて成功しており、さらにケネディ・スピーチの1カ月ほど前には、ソ連が有人宇宙飛行を成功させていたことがある。ソ連に負けてられないという空気があったのだ。

 それから56年近くが経ったいま、米国には当時のソ連と同じように、宇宙開発で“脅威”と感じている国がある。中国である。

 就任から2カ月ほどが経ったドナルド・トランプ政権だが、そろそろ宇宙開発の方向性と政策を示すのではないかと期待されている。おそらくトランプは、ケネディ大統領が宇宙開発でソ連に抱いたように、中国をこれまで同様に敵視し続けることになりそうだ。

 そもそもなぜ宇宙開発で先端をいっているイメージが浸透している米国が、中国の宇宙開発を脅威に感じる必要があるのだろうか。

 まず2016年の統計を見てもらいたい。昨年、世界でもっとも多くロケットの打ち上げを行なったのは、米国と中国である。ともに22回の打ち上げを実施しており、中国は宇宙開発においてすでに米国に「追いつき」、少なくとも脅威になりつつある。もちろん数がすべてではないが、打ち上げ数を見ると、米中に次いで、ロシア(19回)、欧州(9回)、インド(7回)と続く。実施数ではもうロシアを追い越しており、2016年に4回の打ち上げを行なった日本とは大きく差がついている。

中国の宇宙開発は野心的

 2003年に初めて有人宇宙飛行を成功させた中国は、近年、急速に宇宙開発を進めている。事実、2016年には、2人の宇宙飛行士が宇宙船「神舟11号」で、中国宇宙ステーションの実験モジュール「天宮2号」にドッキングして1カ月を過ごし、無事に帰還している。そして2017年にはロケットを30回打ち上げると発表しており、そうなると米国を大きく上回る可能性が出てくる。

 言うまでもなく、中国の宇宙開発技術はまだ米国やロシアには追いつけていないが、欧州などにはもう近づいていると言われている。ちなみに予算だけみても、中国の約110億ドルは世界第2位だが、世界第1位である米国の年間約390億ドルには及ばない。

 ただそれでも、中国のビジョンはかなり野心的だ。中国の国家科学技術革新特別計画による5カ年計画によれば、今後5年で中国は宇宙ステーションの建設を目指し、火星探査を実施の検討を開始するという。また中国国家航天局(CNSA)は、中国初の宇宙貨物船「天舟1号」を2017年4月に打ち上げ、2018年には月裏側への探査機の軟着陸を世界初で行う予定だ。また、2020年までには、火星への探査機を送り込むとしており、これについてはロシアや欧州も乗り出しているが、現在のところ米国しか成功していない。

 つまり、中国はこれから宇宙開発で世界をリードしていきたいという意思を見せている。中国の場合は宇宙プロジェクトの成功は国民の愛国心をくすぐり、中国共産党の正当性を示すことになるため、国家として非常に重要だからだ。

 一方、米国や欧米からは中国の宇宙開発が軍事利用に転用されるとの警戒心がある。特に米国は、以前から中国への警戒心は強い。例えば、法律で国内の宇宙開発計画から中国を締め出していることは、あまり知られていない。

中国人だけに的を絞った「排除措置」

 米議会は2011年、米国の宇宙計画に中国は参加させないと議会で決定した。これにより、NASAや米科学技術政策室(OSTP)は中国との協力や、2国間で合意などを結んではいけないことになった。また中国人はNASAの施設などにも足を踏み入れることができないし、当然ながら国際宇宙ステーション(ISS)にも乗ることは許されない。さらに、研究者を招待するなど予算を中国人に対して使うことも禁じられた。つまり、中国人だけに的を絞った「排除措置」を取っているのである。

 そして米国で行われるNASA関連の国際会議などでも、中国人は締め出されている。ただこれには研究者たちから批判が噴出しており、2013年には米国人の科学者らが、NASAのからむ国際会議から中国人が出入り禁止になっていることに抗議の声を上げたこともあった。実は、バラク・オバマ前大統領の政権も米国務省に緩和を働きかけるなど動いたが、安全保障のリスクを理由に拒否されている。そしてトランプ政権でもそれがすぐにひっくり返ることは、今のところなさそうだ。

 こうした状況を踏まえて、いま宇宙計画で積極的な中国に対して米国の新政権がどう動くのかが注目されているのだ。そしてそのヒントは、トランプの側近たちがすでに公表している見解から垣間見ることができる。

 2016年10月、大統領選の直前に、トランプの“仲間”である2人が宇宙開発専門のニュースサイトに、トランプが大統領になったらどう宇宙開発を行うべきかについて寄稿をした。1人は後にトランプ政権で国家通商会議(NTC)の委員長に就任するピーター・ナヴァロ。対中強硬派の大学教授として知られ、トランプから厚い信頼を受けている人物だ。もう1人は、後にトランプ移行政権で宇宙政策のアドバイザーになったロバート・ウォーカー元下院議員。

 2人はトランプの宇宙開発政策について、こうアドバイスしている。「中国とロシアは国防総省が言うように、明らかに米国の宇宙での目と耳を『拒否し、乱れさせ、欺き、妨害し、または破壊する」ための兵器を開発している。宇宙計画で米国の政策的な優位性を維持するため、また米軍部隊や国土を守るため、私たちは宇宙開発プログラムを再び活性化させる必要がある」

米中の宇宙競争が激化する可能性

 トランプの側近たちの見方を寄稿文から見る限り、宇宙開発において中国に対して妥協したり、融和的になることはないと考えていい。中国人を排斥する法律もひっくり返ることはないだろう。

 ちなみにサイバー紛争の観点から見ると、中国はNASAや関連研究所などにもサイバー攻撃で潜入に成功しており、かなりの貴重な情報が中国当局によって盗み出されてしまっていると指摘されている。つまりNASAから完全に出禁になっていても、サイバー空間で重要な情報をNASAから入手しており、もしかしたら米国の出禁措置も、サイバー戦争の時代にはあまり効果がないのかもしれない。それどころか、逆にサイバー攻撃を促す結果になってさらに貴重な情報が盗まれていることだってあり得るのだ。

 ともかく、現時点でトランプの宇宙計画についてはまだ具体的な政策は発表されていない。だが、こんな話が内部から漏れ伝わっている。トランプはまず民間との協力を強化し、1961年のケネディのように、自分の任期中に米国人を月に上陸させようとしているという。そして中国に対して、米国の実力と主導権を見せつけようとしている、と。強硬派を抱えるトランプ政権により、これから米中の宇宙競争が激化する可能性は十分にある。

 トランプ政権下で米中の今後の関係がどう展開するのか注目だが、少なくとも、宇宙開発においては米中が1961年の米ソを彷彿とさせるような状況にあることは間違いなさそうだ。

■筆者プロフィール:山田敏弘 ノンフィクション作家・ジャーナリスト。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト研究員を経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)がある。