理念より損得優先のトランプ時代

社説で経済を読む
米東部ペンシルベニア州で演説するトランプ次期米大統領=2016年12月(AP)

 □産経新聞客員論説委員・五十嵐徹

 新しい年が明けた。

 年頭の各社社説は例によって、今年の景気予測に余念がないが、キーワードはやはり「トランプ」一色であった。

 就任前からこれだけ注目された次期大統領も稀有(けう)だが、そのトランプ政権が20日、いよいよ正式にスタートする。

 いいとこ取りを反映

 株式市場はとりあえず強気相場で開けた。

 2017年最初の取引となる大発会を迎えた4日の東京市場は大幅反発。終値は前年末比479円79銭高の1万9594円16銭と大発会としては1996年以来の高値を付けた。市場には「2万円台乗せは目前。年内には3万円台も」とする強気の見方も。最大の手がかりは、大胆なインフラ投資と法人税の大幅減税を2本柱とする「トランポノミクス」への期待だという。

 しかし、その割に各社社説から重苦しさが漂うのは、トランプ相場が期待先行によるもので、先行き不安を拭えずにいるからだ。

 日経は元日付社説で、「このままの相場水準が続けば、3月期決算の企業は増益基調を維持できるだろう」との見通しを示しつつも、「日本政府や企業はそれに甘えてはいけない」と警告する。「相場は米新政権の政策のいいとこ取りを反映したもので、日本自身の努力とはほぼ無関係」とする慎重論は、各社の社説に共通している。

 「公約」に変化なし

 一方、政権がスタートすれば、トランプ氏とて現実的な政策にシフトせざるを得ないとする楽観論もある。

 だが選挙戦からの過激な公約は、いまも大筋で転換の気配はうかがえない。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)も、大統領就任と同時に離脱表明する考えを繰り返している。

 米国が保護主義に傾けば、結果として世界経済は収縮に向かう。「米国に批准を働きかけることは今後も必要」(5日付産経)なことは一致した認識だろう。

 トランプ氏はグローバリズムにも批判的だ。グローバル化で経済のパイは間違いなく拡大したものの、富の偏り、格差を助長した。だが国家規模で見れば最大の勝ち組はやはり米国ではなかったか。

 4日付毎日は、「反グローバリズムで問題は解決し、中間層が復活するのか」と以下のように疑問を呈している。

 「安い輸入品を締め出せば、消費者の暮らしを圧迫する。生産の最適化を求めて世界を横断している生産のネットワーク、サプライチェーンを分断すれば、生産性は格段に落ち込む。国内で一から作る製品は割高になり、海外での競争力は失われる。待っているのはじり貧であろう」

 多くがうなずける見方だが、トランプ氏の耳にはまるで届かないようだ。

 世界経済の先行き不安は、不透明感を強める国際政治にも起因している。まずは米露関係だ。トランプ氏は大統領選挙中からロシアのプーチン大統領を高く評価しており、プーチン氏もトランプ政権と両国関係の改善を進めたい意向のようだ。

 米露間の緊張緩和はそれ自体結構なことだ。シリア内戦の終結や過激派組織「イスラム国」対策で米露が協力を深めることにも異存はない。だが欧州など周辺国は、ロシアによる力ずくのクリミア併合やアサド政権の存続を米国が容認することにつながると警戒している。方針転換は米欧間に深刻な亀裂をもたらしかねない。

 中国への対応にも不透明感がつきまとう。就任前とはいえ、トランプ氏は台湾の蔡英文総統と電話会談し、「一つの中国」原則にも疑問を呈した。中国は強く反発し、空母「遼寧」を西太平洋に進出させるなど、次期政権の出方を牽制(けんせい)している。

 政治に情は通じぬ

 読売は元日付社説で、「日本は、尖閣諸島周辺などで中国の膨張圧力に直面している。ロシアとの間では北方領土交渉を抱える。トランプ外交の行方にとりわけ目を凝らさざるを得ない」と指摘した。

 トランプ氏は、在日米軍経費の負担増にも言及している。日本はすでに同経費の75%を負担しているが、米国にとって不利益と考えれば、同盟関係をリスクにさらしてでも要求を強めてくるだろう。

 安倍晋三首相は今月下旬、大統領就任直後のトランプ氏と首脳会談を行う予定で、あらためて日米同盟の重要性を膝詰めで訴える考えのようだ。

 だが首脳同士の個人的関係醸成は武器にはなるが、頼りすぎるのは危険だ。国際政治は個人の感情を超えた冷徹な世界だ。とりわけトランプ氏を情で動かすのは幻想にすぎないだろう。なにせトランプ氏は「理念よりも損得」に重きを置くビジネスマン大統領を自任している。首相は忘れてはなるまい。