日本は寝耳に水…資源外交で勝敗分けた「機敏さ」 露ロスネフチ株取得合戦の舞台裏

 
安倍晋三首相とプーチン大統領の立ち会いでロシア国営石油会社ロスネフチのセチン社長(中央左)と握手する丸紅の国分文也社長(同右)=2016年12月、東京都内(AP)

 政府系ファンドのカタール投資庁とスイスの資源大手グレンコアが昨年12月7日、共同で、ロシア最大の国営石油会社ロスネフチの株式19.5%を102億ユーロ(約1兆2400億円)で取得すると発表し、世界を驚かせた。とりわけ同月15日のロシアのプーチン大統領来日を前に、水面下で交渉してきた日本政府には寝耳に水で、あっけない幕切れとなった。その舞台裏とは。

 日本は昨夏から接触

 ロシア政府は資源安による財政赤字を補填(ほてん)しようと、時価総額591億7000万ドル(約6兆7690億円)のロスネフチ民営化の検討を進め、19.5%の国家保有株を売却する方針を打ち出した。経済制裁前から出資する英石油メジャーのBPに続き、中国石油(CNPC)やインド石油天然ガス公社(ONGC)も関心を示し、夏頃から日本政府も相次ぎロスネフチのセチン社長と接触。ロシア側の意向を探り、交渉は有利にもみえた。

 これと並行して取り組んだのが石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)法の改正で、2016年10月には改正案の閣議決定に持ち込み、11月には成立した。世界的な資源価格の下落で、産油国が虎の子の国営資源会社の株式売却を検討する中で機動的に国営企業株を取得できるよう道を開いた。

 だが、ロスネフチの株式売却はロシアの懐事情から12月末の期限が迫っていた。「企業価値の精査には時間が必要」と土壇場になって腰が引ける日本政府に対し、世界の資源メジャーや政府の動きは機敏だった。

 ロスネフチのセチン社長の決断は、価格ではなく、政治的な思惑に左右された。業界ではロシア側にアプローチしたのはカタールともいわれている。ここにきて8年ぶりに石油輸出国機構(OPEC)が減産で合意。カタールはロシアとの橋渡しで重要な役割も果たした。大手商社幹部は「OPECで接近したカタールとロシアは、将来的には“ガス版OPEC“を築きたい狙いもある」と分析する。

 カタール投資庁はグレンコアの株主でもある。そのグレンコアはロスネフチ株取得とともに、日量22万バレルの原油取引を確保し、既存の契約と合わせてビジネスも広げた。株式売却を急ぐロシア側は、欧州販売網も手に入れたわけで、3社の思惑は一致した。

 米エクソンの存在

 カタール投資庁とグレンコアの連合に軍配があがった背景には、カタールと関係が深い米最大の資源会社エクソンモービルの存在も大きい。トランプ次期米大統領は新政権の外交を担う国務長官にエクソンモービルのレックス・ティラーソン最高経営責任者(CEO)の起用を発表。ロシア通で知られるだけに、外交政策の優先課題に対ロシア政策の見直しを進める狙いは明らかだ。

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 ■豊富な埋蔵量とコスト競争力魅力

 ティラーソン氏はロシア国営石油会社ロスネフチと2011年に歴史的合意を結び、広大な北極圏地域や深海開発、シェール権益で合意した経緯がある。

 14年のウクライナのクリミア半島併合による欧米の経済制裁でプロジェクトは白紙になったが、経済制裁が解け、エクソンがロシアに復帰すれば、ロスネフチが持つ深海油田などの開発が進み、ロスネフチの企業価値も向上するとの計算も働いた可能性はある。

 カタールがパートナーにグレンコアを選んだのは株主が理由というだけではない。グレンコアの国籍はスイスで、欧州連合(EU)加盟国ではなく、経済制裁には縛られず、すぐにロシアで活動できる利点がある。

 ロシアの資源の魅力は「その豊富な埋蔵量とコスト競争力にある」とJOGMEC調査部の本村真澄氏は分析する。とりわけ日本にとっては「中東から輸送するリスクがなく、2、3日で到着する」地の利は大きい。

 日本は丸紅と国際石油開発帝石、JOGMEC連合でロスネフチとサハリン南西部の海域で資源開発に向けた炭鉱に乗り出す覚書を結び、ロシアの資源外交で一定の成果は上げた。

 だが、大手商社が狙っていた東シベリアの優良油田は一昨年12月のプーチン氏とインドのモディ首相の首脳会談後、スピード決着で、インド勢にさらわれた。オールジャパンの資源外交には限界もあり、グローバルなパートナー戦略をどう描けるかが問われている。(上原すみ子)

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【用語解説】ロスネフチ

 ロシア最大の国営石油会社で、ロシア政府が株式の約70%、英石油メジャーのBPが約20%を保有していた。日本が参加するサハリン(樺太)島北部大陸棚の石油・天然ガス開発事業「サハリン1」にも参加している。