体力あるうち 危機に備え「先取り」

新春に語る

 □経済同友会・小林喜光代表幹事

 --昨年はどのような年だった

 「日銀のマイナス金利政策で始まったが、消費は喚起されず、物価も上昇しないままだった。さらに、英国の欧州連合(EU)離脱決定や、米国の次期大統領にトランプ氏が選ばれるなど、グローバル化やダイバーシティー(多様性)の流れに逆行する『戻る』年でもあった」

 「ただ、昨年の11月9日以降、トランプ氏が公約で掲げた大規模なインフラ投資、法人税率15%への引き下げへの期待が高まり、米株式市場を刺激した。日本でも大統領選直後の1日だけ円高が進み、(日経平均)株価が1000円程度下落したが、その後は一転、為替が1ドル=117円、株価が1万9000円半ばに回復するなど、日本にとっていい方向になっている。企業経営者にとって、今年の春闘は前向きになれるマインドセットになっているようだ」

 --今年の金融市場をどうみる

 「現在の市場の数値だけみれば、2015年末とほぼ同水準。トランプ氏相場だけでなく、昨年12月のFRBの利上げに続き、今年も利上げのピッチが上がり、超低金利政策からの『出口政策』が進むことにみられるように、米国経済の好調は続くだろう。このため、現在のような円安株高の状況は、当面は続くとみている。ただ、問題は一過性なのか、長期的になるのかだ。夏までは続くとみているが、その後についての予見は不可能だ」

 --世界経済のリスク要因は

 「政治が攪乱(かくらん)要因だ。米国がロシアや中国に対し、どういった外交政策をとるかなどによっては、大きな混乱もあり得る」

 --経営者に求められることは

 「企業としては、より長期的な視点に立った経営が必要だ。現在の円安株高を歓迎はするが、これまでの経験からインフレやリーマン・ショックのような危機が到来することも考えなくてはならない」

 「ならば、経済を取り巻く環境がよく、体力がある今のうちに、次の危機に備えておくことが重要だ。今年は酉年だけに、『先取り』がキーワードだ。『アリとキリギリス』なら、経営者はアリでなくてはならない」

 --具体的には

 「まずは、次世代を意識した研究開発を進めておくことだ。それに加えて、収益の上がらない事業は整理し、強いもの同士が経営統合や再編でくっついて、余った資金を次の投資に活用するといった素早いアクティビティーが求められる。そういった統合の際に、多くの人材を新しい分野で吸収できるような労働市場の流動性が必要だが、政府にはそういった改革を求めていきたい」

 「同時に、収益に加え、持続性を考えた経営も必要だ。世界的な人口増加、水不足への対応、CO2(二酸化炭素)削減などの、社会的な問題を事業につなげていくことが重要だ。経済同友会が打ち出してきた『Japan2.0』でも強調しているが、日々の収益、将来に向けたイノベーション、そして持続可能性の確保の3軸を最大化させる経営の取り組みが不可欠だ」

 --テクノロジーでは大きな転換点を迎えているとされるが

 「グーグルやアップルなどは、インターネットを使ったプラットフォームビジネスで先行した。日本はモノに寄った形でのテクノロジーの発展を遂げており、いまさらプラットフォームビジネスで勝負していくのはかなりの困難を伴う」

 「モノの強みを生かしていくべきで、モノとネットワークを連携させた『フィジカルサイバーシステム』、情報とモノのハイブリッドといった分野からのアプローチを考えていくべきだ」

 --そこに日本の勝機があるのか

 「特に必要なのが、ビッグデータと人工知能(AI)の活用だ。AIはディープラーニングと呼ばれる新しい次元に入っており、画像認識などはより精緻に、さまざまな解析ができるようになっている。これまで日本の企業も、実現に向けて水面下で取り組んできた。今年はそれを顕在化させ、明確にしていくときだ。もはや議論の時期ではない。実行の時だ」

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【プロフィル】小林喜光

 こばやし・よしみつ 東大大学院修了。1974年三菱化成工業(現三菱化学)。三菱ケミカルホールディングス社長を経て2015年4月から会長。15年4月から経済同友会代表幹事。70歳。山梨県出身。