官製春闘にデフレ再燃の「壁」 首相、経済界に4年連続で賃上げ要請
安倍晋三首相は16日、官邸で開いた働き方改革実現会議で、2017年春闘で「少なくとも今春並みの水準の賃上げを期待したい」と述べ、賃上げを経済界に要請した。労使で決める賃上げを首相が直接求める「官製春闘」は4年連続。経団連の榊原定征会長は「賃上げの勢いを継続していきたい」と述べ、前向きに取り組む考えを示した。賃金アップで個人消費を刺激し、失速が指摘されるアベノミクスを再加速させるのが狙いだが、企業の経営環境は厳しさを増している。
実現会議には、経済界の代表と連合の神津里季生会長が出席。神津氏は「月例賃金の引き上げこそが重要だ」と述べ、ボーナスなど一時金によらない賃金引き上げを重ねて求めた。
一方、榊原会長は、賃金のベースアップは「先行きが不透明な中で重い存在になる。こちらから(企業に)強く要請する状況ではない」とし、会員企業にはボーナスを含めた年収ベースでの賃上げを求めていく考えを示した。
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企業の稼ぐ力低下
「1円たりとも負けません」。東京・白金台に昨年開店した「プラチナドン・キホーテ」は近隣の食品スーパーやドラッグストアを名指しして低価格をアピールする。都内屈指の高級住宅街に掲げられた「驚安の殿堂」の看板には違和感も漂うが、近所の主婦は「国内有名メーカーなら品質は大丈夫だから安い方がいい」と支持しており、同社の業績も好調だ。
消費者の節約志向を受け、企業は販売戦略を相次いで転換している。ミスタードーナツは今月8日に多くの商品を10~30円安くした。流通大手のイオンもプライベートブランド(PB)のうち売れ筋の約30品目を11日から値下げしており、販売戦略の見直しは急速に拡大している。
安易な値下げ競争は業界全体の体力を奪いかねないもろ刃の剣。それだけに「一時期のような泥沼の価格競争は避けたい」(関係者)との声が漏れる。外国人観光客による「爆買い」が下火になり、苦境の百貨店業界は「サイズを縮小せざるを得ない」(三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長)と悲観的だ。
7~9月期の国内総生産(GDP)が3四半期連続のプラス成長だったことを受けて、菅義偉官房長官は14日の記者会見で「緩やかな回復基調が続いていると政府は認識している」と強調した。しかし実際は全国消費者物価指数が7カ月連続でマイナス圏に沈むなど、アベノミクスが掲げる「脱デフレ」は依然として見通せない。
2%の物価上昇に強気の姿勢を続けてきた日銀の黒田東彦総裁は「簡単にデフレマインドを払拭できない」と任期中の目標達成を事実上断念した。経済官庁幹部からは「結局、金融政策だけでは無理だった」と諦めの声が漏れる。
GDPがプラスを維持したのは、米アップルの「iPhone(アイフォーン)7」向けなど電子部品の輸出好調という一時的要因もあった。
本格的な景気持ち直しには個人消費による内需拡大が欠かせないが、クレディ・スイス証券の白川浩道チーフエコノミストは「消費税増税のインパクトが2年たっても消えていない」と指摘。「アベノミクスで格差は拡大しており、物価が下がらないと消費は戻りようがない」と現状の難しさを分析する。
消費や物価の押し上げには賃金上昇が欠かせない。安倍晋三首相が経済界に来春闘での4年連続の賃上げを要請したのも消費低迷への危機感の裏返しだ。
「過去3年と違う」
だが、首相の思い描くような賃上げの実現のハードルは高い。上場企業の2017年3月期決算は、本業のもうけを示す営業利益が5年ぶりに減益となる見通し。円高やデフレで「稼ぐ力」が低下している企業は「過去3年と状況が違う」(大手メーカー)と早くも反発している。米国のトランプ次期大統領は保護主義的な立場をみせており「日本に輸入を増やすよう圧力をかけてくる」(金融筋)との警戒感もある。「政府主導」しか賃上げの道筋が見いだせない状況は、デフレ退治の政策の手詰まりを映し出している。
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