米国はドゥテルテ氏を非難できるか

社説で経済を読む

 □産経新聞客員論説委員・五十嵐徹

 外交音痴の暴言王に過ぎないのか、はたまた、したたかなマキャベリストなのか。フィリピンのドゥテルテ大統領の型破りの言動に、いまだ国際社会は真意を測りかねている。

 一つだけ確実に言えるのは、南シナ海の問題をめぐり形勢不利な状態にあった中国が、ここにきて元気づいていることだ。オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は7月、力による現状変更を企図する中国の権利主張を否定する裁定を下したが、ドゥテルテ氏は争いの相手であるその中国と「問題の棚上げ」で合意したからだ。

 その直後、日本を訪れたドゥテルテ氏は安倍晋三首相との首脳会談で、今度は「裁定は中比両国を拘束する」との立場を示した。日本が中国と対立している点についても「常に日本の側に立つつもりだ」と語った。

 上から目線は避けよ

 日比首脳会談を受けた10月28日付の各紙社説は「南シナ海問題は法の支配に基づき解決する、という基本姿勢を確認したことは成果」(産経)などと一様に評価したものの、大統領は会談に先立つ講演でも2年以内に米軍の撤退を求める方針を示すなど、相変わらず中国を喜ばせるような対米批判を繰り返している。

 今回の日中歴訪には、「日中双方に配慮して経済的な実利を得る『天秤(てんびん)外交』の意図もうかがえる」(読売)とする冷めた見方がある。

 ドゥテルテ氏はダバオ市長時代から麻薬常習者の強権的摘発を進めてきたことで知られ、「裁判抜きで容疑者数千人が殺害されている現状は法治国家としてあるまじき事態」(毎日)とする批判も強い。

 日比首脳会談で安倍首相は明示的に人権に言及しなかったが、これを強く批判したのは朝日と毎日だ。

 朝日は「日本がフィリピンとの関係を重視するあまり、『法の支配』など自由主義の価値観を後景に退かせるのは、本末転倒である」とし、毎日も「日本の人権感覚が国際社会から疑われかねない対応」と批判の歩調を合わせた。

 しかし、中国のような力ある大国はともかく、経済力も国際社会での発言力も弱いフィリピンのような国に、人権擁護を金科玉条のように説諭することには、やはり注意が必要だろう。「上から目線」と映れば、反発しか生まないからだ。

 なにより、中国と違うのは、ドゥテルテ氏が民主的手続きによって選ばれたトップだということだ。いまなお国民の8割が支持している事実も無視できない。

 アキノ前大統領が意欲を示していた環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加にドゥテルテ氏が「冷淡なことも、気になる」(日経)ことの一つだ。

 フィリピンは、経済的にも日本との結びつきが強い。昨年の輸出先も日本が21.1%とトップを占め、2位以下の米国(15%)、中国(10.9%)を大きく引き離している。米国のTPP批准の先行きが依然不透明なだけに、日本としては経済面からもフィリピンとの足並みをそろえておく必要がある。

 産経は「中国の切り崩しにドゥテルテ氏が態度を翻さぬよう、自由と民主主義の価値観を共有する日本や米国などが支えていくことが極めて重要になっている」と主張するが、その通りだろう。

 鍵握る日本の存在

 ドゥテルテ氏の訪中を前に英紙フィナンシャル・タイムズは、社説で、氏の「外交的冒険主義へののめりこみ」に警告を発しつつ、その責任は米政府にもあると指摘。「オバマ政権によるアジア重視のリバランス(再均衡)戦略は中途半端で、フィリピンなどの地域の国々の対米忠誠を当然とみなしてきた。米国はこの地域の友好国に、より強いコミットメントの意思を見せる必要がある」と求めた。

 米国の次期大統領は、同盟国の不信を招いたオバマ政権の轍(てつ)を踏んではならないだろう。

 20年近く前の話になるが、「ワグ・ザ・ドッグ」というハリウッド映画が公開された。日本では「ウワサの真相」と題されたが、原題は直訳すると、「(しっぽが)犬を振り回す」。転じて「本末転倒」「ひょうたんから駒」などの意味で使われる。ストーリーは、選挙を前にした大統領のスキャンダルもみ消しのため、でっち上げた架空の戦争がいつのまにか大事に発展するというブラックコメディーだったと記憶する。

 なにやら、今の米比のいさかいを象徴しているようでもあり恐ろしいが、だからこそ米比を取り持つ日本の存在が重要になる。