石弘光氏が安倍首相に3つの批判 無責任な消費増税再延期で

 

 □【論風】一橋大学名誉教授・石弘光

 消費税率の8%から10%への引き上げは2019年10月まで2年半、再度先送りされることになった。一連の経過をみると安倍晋三首相の強い思い込みがその背景にあり、主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)での発言は言うに及ばず、これまで着々と準備を進めてきた結果といえよう。私はこの増税の再度先送りに非常な違和感をもつ。以下、3つの点から批判を展開したい。

 ◆延期後も増税環境は望み薄

 第1に、首相の政治的な責任問題がある。12年8月に三党合意で成立した「社会保障と税の一体改革」により、消費税率を15年10月に8%から10%に引き上げると公約した。ところが首相は14年11月にいとも簡単に、17年4月まで1年半先延ばしした。そのとき記者会見で「再び延期することはない。はっきりそう断言する。景気判断条項を付すことなく確実に実施する」と大見えを切ったはずだ。これは明らかに首相が不退転の決意を示した政治公約である。

 その後、首相は「リーマン・ショックのような重大事態が発生」など他にもさまざまな理屈をつけ、逃げ道を作り出した。先の発言はどんな規模の不況が生じても、予定通り税率を10%に引き上げると、まさに政治生命を賭けた公約ではないのか。首相は「公約違反との批判を真摯(しんし)に受け止める」とわびているが、口先だけの反省のようである。これで終わりでは、政治家の発言があまりに軽すぎそして首相の公約などいつでも破れるということになろう。これまでの経緯を振り返ると、国民に約束した三党合意を踏みにじり、また自分の政治公約も破るのだから単に口先だけでなく具体的に職を辞すぐらいの責任を自覚してほしいものだ。

 第2に、日本経済の現状が消費税率2%の引き上げに耐えられないとは思えない。雇用、企業業績もそれなりの結果を示している。物価水準を2%まで高めるという当初の目標がまだ達成されていないことを盾にデフレを脱却し経済を再生させる必要性を強調している。しかし首相も日本経済の停滞をあまり口にするとアベノミクス批判につながるためサミットでは財政出動にあたり世界経済の危機回避を理由に挙げ、増税先送りの布石を打っている。しかしどう見ても説得性に欠けているといわねばならない。増税先送りに対し、海外も厳しい眼を向けている。

 2年半後に日本経済が大幅に回復し首相が期待するように増税環境が新たに出来上がるとも思えない。潜在成長率が0%前半に落ち込んでいる現在、数年後もほぼ同じような成長水準の達成がやっとであろう。とすると何のための増税先送りかわからなくなる。

 ◆政策の破綻

 第3に、増税先送りをするのに財源問題に触れていない。つまり消費税率2%を据え置くために、予定した4兆円超の税収増は望めないのだ。ところが、この財源不足に全然触れずに何ら代わりの財源の裏付けもなく、従来通りに財政健全化、社会保障の充実を図るとしている。これはまさに、政策の整合性の破綻である。そもそも政府の試算では、消費税率を10%に引き上げさらに名目成長率3%程度の高成長が実現しても、財政健全化目標の20年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス)は6.5兆円の赤字と見込んでいる。増税先送りをしたいま、財政健全化が可能だとは誰も信じないであろう。また税率引き上げを前提に約1.3兆円を医療・介護などの充実に充てるとしていた看板も下ろしていない。

 民進党は増税を先送りする分だけ赤字国債の発行で財源を調達するとしている。その中身は別としても、こちらの方がはるかに筋が通っている。安倍政権は、このままでは財源を示さなかった民主党の二の舞いとなろう。デフレ脱却のために秋には補正予算を編成し景気浮揚を図るとするが、不要だ。増税を先送りする以上、歳出の縮減合理化を打ち出すのが整合性のとれた政策だ。それが責任政党の姿といえよう。

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【プロフィル】石弘光

 いし・ひろみつ 1961年一橋大経卒。その後大学院を経て、講師、助教授、教授、学長。専攻は財政学。経済学博士。現在、一橋大学ならびに中国人民大学名誉教授。放送大学学長、政府税制調査会会長などを歴任。79歳。東京都出身。