iPS再生医療「大きな一歩」 世界初 網膜作製、難病患者に移植

2014.9.13 07:00

 「夢の万能細胞」を使って病気やけがを治す再生医療が、実用化へ大きな一歩を踏み出した。理化学研究所と先端医療センター病院(神戸市)のチームは12日、さまざまな細胞に成長できる「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」から作った網膜の細胞を、目の難病「滲出型加齢黄斑変性」を患う兵庫県の70代女性に移植した。iPS細胞から作った細胞を人体に入れる手術は世界初だ。手術は成功した。移植後に細胞が、がん化しないかなど安全性を調べることが主な目的。京都大の山中伸弥教授(52)が開発したiPS細胞を利用する再生医療は、新たな段階へと進んだ。

 「道はまだまだ長い」

 「手術が成功したことは大きいが、これからの道はまだまだ長い」。今回の臨床研究を率いる理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの高橋政代・プロジェクトリーダー(53)は手術後の会見で、気を引き締めた。

 山中教授も会見し、「人間のiPS細胞の形成から7年という非常に短い時間で臨床研究という大きな第一歩を踏み出した。関係者のこれまでの長い努力の結晶で、心より敬意を表したい」と述べた。

 理研などによると、患者の女性の皮膚から採った細胞に遺伝子を導入しiPS細胞を作製。さらに目の網膜の色素上皮細胞に成長させ、移植用のシートを作った。手術では、網膜組織にできた異常な血管を除去した上でシートを移植した。

 多量の出血など問題は起きず、手術は当初予定通り2時間で終了。執刀した栗本康夫眼科統括部長は会見で「今日やるべき手術は無事に終了した。手術そのものは成功した」と述べた。患者の容体は安定しているという。

 滲出型加齢黄斑変性は、血管の異常増殖で網膜が傷つき、視野がゆがんだり暗くなったりし失明にもつながる。国内で約70万人の患者がいるとされる。

 iPS細胞を使った移植治療でも視力はやや改善する程度だが、チームは根治療法につながる可能性があるとみて研究を続ける。

 7年…異例のスピード

 2012年にノーベル医学・生理学賞を受賞した山中教授が、ヒトでiPS細胞を作製したのは7年前。基礎医学の成果がこれほど短期間で医療に結び付くのはまれなケースだ。iPS細胞の応用でも日本が世界をリードする意義は大きい。

 あらゆる細胞を作り出せる万能細胞を使った再生医療は、欧米で開発された胚性幹細胞(ES細胞)の研究が先行した。ただ、受精卵から作るため、患者にとっては他人の細胞を移植することになり、拒絶反応が問題になる。iPS細胞は患者自身の細胞を使える利点がある。

 いち早く臨床研究に取り組んだ高橋氏は、課題だった安全性の確保に心血を注いだ。山中教授もより安全な作製法で協力し、二人三脚で世界初の移植手術にこぎ着けた。

 ただ、一般的な治療法として普及させるためには、今後検討すべき課題も多い。山中教授は「臨床研究はこれからが本番。iPS細胞技術を開発した者として、大きな責任も感じている」と語った。(SANKEI EXPRESS)

 ■人工多能性幹細胞(iPS細胞) 体のさまざまな細胞を作り出せる万能細胞の一種で、京都大の山中伸弥教授が2006年にマウスで、翌年にヒトで作製した。皮膚などの体細胞に4種類の遺伝子を導入することで人工的に初期状態に戻すことに成功した。当初はがん化のリスクが指摘されたが、新たな手法の開発で安全性を高め、作製効率も大幅に向上した。

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