□映画「鑑定士と顔のない依頼人」
人間ドラマ描くため
文句なく面白い映画だった。もしかしたら僕にとっての今年ナンバーワン映画かもしれない。思わず見終わった直後に「面白い!」と叫んでしまった。そして続けてこうつけ加えた。
「だまされた!」
そう、僕はこの映画に見事にだまされた。しかしラストに物語の筋をひっくり返して、観客に衝撃を与える映画はさして珍しくない。ところがこの映画が他と一線を画するのは、気持ちがいいほど鮮やかにだまされたあと、胸の奥に人生の美しさや切なさが込み上げてくるところだ。伊達や酔狂ではない。ラストの衝撃は美しく奥深い人間のドラマを描くためのものだ。
天才的な鑑定眼で世界の美術品を仕切るオークション鑑定士、ヴァージルの元に電話がかかってくる。それは、亡くなった資産家の両親の屋敷に残された美術品を査定してほしい、という若い女性クレアからの依頼だった。だがクレアは電話で交渉を進めるだけで、決してその姿を現さない。実は彼女は“広場恐怖症”と呼ばれる病気でなんと12年もの間、屋敷から外に出たことがないと言う。ヴァージルは屋敷の壁を挟み、声だけでやり取りをしながら美術品の査定を進める。