2021.4.3 06:00
剛性感に満ち溢れたサスペンション
BMW「M3」がフルモデルチェンジを受けて誕生した。ベースとなる3シリーズに関してはすでに市場にリリースされており、M社(M GmbH)が手がける「Mハイパフォーマンス」の真打ちは、遅れて登場したことになる。
といっても、すでにデビューした3シリーズとは面影すら異なる。4シリーズで侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論の対象となった巨大な縦型キドニーグリルで武装しており、威圧感は際立っている。ただならぬ雰囲気を発散させているのだ。
フロントのフェンダーはブリスター形状であり、前輪275/35R19インチの太いタイヤを抱え込む。一方のリアフェンダーはこれまでと同様、噴火口のように隆起したオーバーフェンダー風な張り出しであり、後輪285/30R20インチのタイヤを飲み込む。そう、新型M3は前後異径サイズのタイヤを装着しているのだ。
もちろん駆動方式は、伝統的なFR。実は、4WD化の流れはFRにこだわってきたM3も例外ではないようで、今年秋頃には4WDのM3がリリースされるとのこと。後輪だけではそのパワーを受け止められないレベルまでエンジンパワーは強化されていることの証明である。
搭載するエンジンは直列6気筒3リッターツインターボである。細部にわたって進化しているのは当然のこと、最高出力は510ps/6250rpm、最大トルク650Nm/2750-5500rpmに達する。驚かされるのは、低回転域からのレスポンスに優れ、トルクの谷に山がなだらかに整えられていることだ。回転の上昇に比例してパワーが漲(みなぎ)るのは期待通りだが、市街地をゆるゆると走ることさて優しい。柔軟性が備わっているのだ。
実はそれは操縦性能も同様で、強化されたサスペンションはもちろん剛性感に満ち溢(あふ)れているのだが、市街地でも乗り心地に眉をひそめたくなるような荒さではない。サルーンカーのような…ではもちろんないが、M3の激烈なパフォーマンスを思えば、意外ですらある。速度無制限のサーキットやアウトバーンといった非日常できらりと輝くM3が、通勤に使えなくもない日常性を得たような気がする。
その意味で言えば、新たに8速オートマチックと組み合わされたのも日常性の現れかもしれない。これまでのような2ペダルマニュアルではなく、オートマチックになった。それゆえに、変速ショックはなくルーズな優しさがある。渋滞路ですら苦にならなかった。
ピュアスポーツM3は新たなフェーズへ
条件付きながらハンズフリーも備わった。ウインカーレバーでの車線変更も許す。あくまでドライバーが操ってこそM3である、という主張は改められ、時代の流れに即した高度運転支援技術が盛り込まれたのである。
もっとも、宗旨替えではまったくない。ひとたびアクセルペダルを床まで踏み込めば、視界が滲(にじ)むほどの激辛な加速を見舞うし、ステアリングを切り込めば体の血液が偏るほどの横Gが襲う。走りのパフォーマンスには一点の曇りもないばかりか、旧型を置き去りにするほどの速さを備えたのだ。速さに磨きをかけていながら、その性能を守り、余すことがないように調教されているのである。パワーユニットが電動化に向かい、ドライビングが自動運転に近づくこの時代に、それとの折り合いをつけるかのように速さと安楽さをバランスさせているように思えた。
BMWが誇るピュアスポーツM3は、新たなフェーズに突き進もうとしている。
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木下隆之(きのした・たかゆき)
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レーシングドライバー/自動車評論家
ブランドアドバイザー/ドライビングディレクター
東京都出身。明治学院大学卒業。出版社編集部勤務を経て独立。国内外のトップカテゴリーで優勝多数。スーパー耐久最多勝記録保持。ニュルブルクリンク24時間(ドイツ)日本人最高位、最多出場記録更新中。雑誌/Webで連載コラム多数。CM等のドライビングディレクター、イベントを企画するなどクリエイティブ業務多数。クルマ好きの青春を綴った「ジェイズな奴ら」(ネコ・バプリッシング)、経済書「豊田章男の人間力」(学研パブリッシング)等を上梓。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
【試乗スケッチ】は、レーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、今話題の興味深いクルマを紹介する試乗コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【クルマ三昧】はこちらからどうぞ。YouTubeの「木下隆之channel CARドロイド」も随時更新中です。