レス時代の暮らし(上)~新しい仕事様式~ コロナ禍で進んだ「脱はんこ」

2020.12.28 07:00

 人と人の接触を避けて健康を守る-。新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐために政府が提唱した「新しい生活様式」は、長年続いた職場や役所の慣行も徐々に新様式へと置き換えていった。とりわけ目立ったのが、書類と押印を省略する「はんこレス」の流れだった。

■テレワーク阻む「はんこと書類」の壁

 新型コロナの流行を前提に、社会と健康を守りながら日常生活を取り戻そうと5月、政府の専門家会議(当時)の提言を踏まえて示された新しい生活様式の実践例にはテレワークも盛り込まれた。

 一方で、当初はそれができないという人も目立った。

 出社せざるを得なかった理由を聞くと「はんこと書類の壁」が見えた。

 「営業の男性社員は緊急事態宣言中、ずっと在宅勤務だったのに、私は契約書を紙に刷ってはんこを押してもらうために出社していた」と話すのは、大阪府の女性会社員(47)。当時、「君たちは会社のエッセンシャルワーカー」と上司から“激励”された。4~5月の緊急事態宣言下で感染リスクを恐れながら通勤していたことを振り返り、「入力作業は在宅でもできる。紙とはんこをやりとりしなくてもいい仕組みがあれば」と言った。

 傘下に電子印鑑サービス企業を持つGMOインターネットグループが6~9月に行った「みんなの“無駄ハンコ実態調査”2020」でも、全国から次のような「無駄はんこ」の実例が寄せられた。

 「コロナ禍で会社は在宅勤務可能となったが、上司や経営者クラスの意向で提出書類にははんこや直筆サインが必須というやり方が変わらなかった。はんこのためだけに出社し、それが終われば帰宅という、本当に無駄な業務だと思った」

 「職場の稟議(りんぎ)決裁はすべて押印が必要。代理で押印できてしまうので、ほとんどザルなチェックとなる。誰でも押せちゃうのに、なんではんこじゃなきゃダメなの?」

 東京商工リサーチが8~9月、「印鑑の押印は在宅勤務の妨げになっているか」と聞いたところ、回答した1万1129社中、約43%(4812社)が「なっている」と回答。この頃、そんな勤務実態を皮肉った「はんこ出社」なる言葉も聞かれた。

■効率化が

 半面、コロナ禍を受け、官民挙げて脱はんこ推進の動きは加速を見せた。

 政府は経団連など経済4団体と7月、押印などの抜本的な見直しに向けた共同宣言を発表。「書面、押印、対面」を原則とした制度・慣行・意識を社会課題ととらえ、時代に即した様式に再構築すべきとした。今月には地方自治体向けに行政手続きの押印廃止を進めるマニュアルも公開された。

 IT大手のヤフーは今年度中に、民間取引先との契約の完全電子サイン化を目指す。日立製作所は10月、来年度中に社内の押印業務を全廃すると発表した。

 4月に取引先向けの書類の電子化に踏み切った人材サービス会社「アデコ」によると、「書類に社判を押し発送するなどの業務が削減され、担当社員の在宅勤務が促進された。取引先も電子化により書類をデータ化する作業がなくなったという話も聞く。効率化につながった」(広報担当)。

 温存されてきた「押印主義」は、コロナ禍によって問い直された。

 企業経営に詳しい立命館大学の高橋潔教授(組織行動論)は、「脱はんこは紙ベースの契約の電子化とセットで行えば、コスト削減メリットが大きく、進む可能性が高い」と話し、さらに次のように続けた。

 「これまで安定的に存続してきた伝統的な日本企業ほど、古くなった行動規範を捨て去る組織的断捨離が進まず、はんこ文化は温存されてきた。令和3年はデジタル庁の創設もある。電子申請の普及と、コスト面のメリット、働き方のリモートワーク化で、脱はんことともに、日本企業の古い慣習も今度こそ変わるのでは」 (津川綾子)

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