死後の手続きで大変なのが、遺言や相続にまつわる問題だ。「うちは財産がないから」と思っても、知っておくべきことは多い。一般社団法人「しあわせほうむネットワーク」の協力で、遺言、相続の基本知識を確認しつつ、気をつけたい「思わぬ落とし穴」をまとめた。
遺言書とエンディングノートの大きな違いは、「法的効力」の有無だ。エンディングノートは死後に遺族が困らないように、通帳、カードの保管場所や暗証番号、葬儀の希望などを書き残しておくものだ。「ノートが『死後の手続き』の道しるべになった」と故人に感謝する遺族も多い。
ただし、遺産の分け方だけは別だ。ノートに書き残した内容通りに円満に分割されればいいが、相続人の間で意見が割れれば、法的効力がないノートは解決の手段にならない。
一方、民法のルールに則った遺言書の内容は、遺産分割の際に最優先される。このため、作成や保管には正しい知識と細心の注意が求められる。
遺言書で、代表的なのは「公正証書遺言」と「自筆証書遺言」。多くの専門家は「公正証書遺言が安全で確実」と指摘する。長い法曹経験を持つ公証人が遺言と無関係な2人以上の証人が同席するなか、遺言者から聞き取り、真正を確認したうえで作成し、公証役場内に保管される。紛失などのリスクはまずない。
ただし、公正証書遺言にも注意点はある。公証人は遺言書を法的にチェックするが、内容のアドバイスまではしてくれない。また、財産価格に応じて手数料がかかる。
一方、自筆証書遺言は自分で作成するので、費用がかからない。半面、数多くの決まりごとがある。法的なルール通りに書かないと、無効になることもある。
分割協議、必ず相続人全員で 円満でも「協議書」作成を
遺産相続は具体的にどう進めるのだろうか。基本的には、死後に遺言書が出てくれば、その内容が優先される。遺言執行者が指定されていれば、その人が遺言の実現のために動き出す。遺言執行者は誰でもよく、相続人の誰か、あるいは弁護士、司法書士、行政書士などの法律専門家というケースが多い。
遺言書がない場合
一方、遺言書がない場合は、相続人の間で「遺産分割協議」が必要になる。相続税の申告がなく、円満な家族でも、「遺産分割協議書」を作成しないと困ることもある。故人の資産の相続手続きや名義変更の際、提出を求められることが多い。
遺産分割協議は、必ず全員で行う。ポイントは法定相続分の割合で分けるか、それ以外の割合にするかだ。後者の場合「長女は故人の晩年、精力的に介護をしたから、多めに分けてあげよう」といった相続人全員の意思が伴ってくる。
全員が協議で合意できれば、「遺産分割協議書」を作成する。特に決まった書式はなく、パソコンで作成できる。「何を」「誰に」という分割の内容が、具体的にわかるように書く。相続人の人数分をコピーし、全員ですべてに署名、捺印(なついん)をして、1通ずつを保管する。
相続人に未成年が含まれる場合は、親権者が「法定代理人」として遺産分割協議に参加する。だが、夫が亡くなり、妻と未成年の子が残されるなど親権者も相続人になる場合は、法定相続人の申し立てにより家庭裁判所が「特別代理人」を選ぶ。相続権のない子のおじ、おばなどや法律専門家に依頼する。
預金・株式・不動産
銀行は預金の名義人が亡くなったことを確認すると、預金口座を凍結する。
最初に死亡日の預金残高を確認する。残高証明の開示・照会請求は相続人1人でもできるが、相続人全員の実印、印鑑証明などが必要だ。
相続の手続きは、口座を解約し、残金を引き出すことで進める。銀行指定の「相続届」に法定相続人全員が捺印。全員の印鑑証明、遺産分割協議書のほか、故人の戸籍一式なども必要だ。ただ、故人の戸籍は、法定相続情報一覧図の写しがあれば代用できる銀行もある。
葬儀や遺族の当面の生活費などの目的で、相続人であれば、ほかの相続人の同意がなくても、凍結された口座から預金を引き出せる制度もある。預金額に相続人の法定相続分をかけた額の3分の1までで、上限は150万円だ。預金額が600万円、法定相続分が2分の1という相続人なら上限100万円となる。
株式など有価証券を相続する場合は、名義変更の手続きをとる。証券会社に相続人名義の口座が必要だ。なければ開設する。相続する人が、戸籍謄本、相続人全員の印鑑証明書、遺産分割協議書などを提出する。そのまま保有しても、売却して現金化してもいいが、結果は自己責任だ。
故人名義の不動産は、名義変更(所有権移転登記)によって相続する。不動産の場所を所管する法務局に必要書類を提出する。申請書の用紙はないが、法務省ホームページからひな型をダウンロードできる。
名義変更には期限がなく、法定相続分の範囲内なら、相続人のだれでも早い者勝ちで所有権移転ができる。遺産分割協議でしっかり合意しておかないと、思わぬトラブルを招きかねない。
(『終活読本ソナエ』2021年新春号から掲載)
相続人の権利 「遺留分」とは
相続では遺言書の内容が最優先されるが、個々の相続人(故人の兄弟姉妹は除く)にも民法で「遺留分の権利」が認められている。
仮に妻と2人の息子を残して亡くなった父親が「全財産の6000万円を長男に相続させる」と遺言していても、妻や次男は「遺留分侵害額」の請求ができる。
次男が兄に請求できる遺留分は、子の「遺留分割合」(遺産の4分の1にあたる1500万円)をもとに、2人兄弟なので、その2分の1にあたる750万円となる。
遺産が現金なら分かりやすいが、不動産の場合は分配が難しい。民法改正で2019年7月から、遺留分は原則、現金で支払うことになった。このケースでは、長男が自身の預金などから支払うか、不動産の転売などで資金を調達する必要が生じる。
また、遺留分請求の時効は、相続の発生(被相続人の死亡)を知ってから1年以内だ。妻が次男の動きに気づいても、1年を過ぎていたら1500万円の遺留分は請求できない。