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巣ごもり時こそ好機の「家庭で麹づくり」 日本固有の微生物の神秘と実用

 酒、みそ、しょうゆ…。和食の土台となっている日本固有の微生物「麹」。この10年来の発酵・菌活ブームで、市販の麹を使って塩麹や甘酒を自家製する人も少なくないが、最近はさらに深化。麹づくりから挑戦する人が増えている。蒸し米に種麹(麹菌の胞子)をまき、発泡スチロール箱などで蒸し暑い「麹室」を再現してつくる。うまくできるかは丸2日間にわたる温度管理にかかっており、巣ごもり時こそチャレンジの好機だ。アスペルギルスオリゼー(麹菌の学名)の菌糸がモフモフと育つさまに、微生物の神秘、国菌=麹への感謝の気持ちがわいてくる。(重松明子)

 室町時代に京都で創業。応仁の乱(1467~77年)を乗り越えた現存最古の種麹メーカー、糀屋三左衛門(本社・愛知県豊橋市)。酒蔵やみそ蔵など3000社以上に業務用種麹を卸す一方で、家庭用種麹の売り上げが平成26年から5年間で倍増。コロナ禍での外出自粛や免疫力アップへの関心の高まりもあり、好調が続いている。

 「フレンチの名店が独自の麹づくりに取り組むなど新たな評価が加わり、海外からの問い合わせも増えています」と、糀屋三左衛門29代当主、村井裕一郎社長(41)。

 種麹は同社通販サイトで購入でき、20グラム入り864円(送料込み)。定形郵便封筒に収まる小さな袋だが、これで10キロ分の米を麹に変えるという。低コストなのがうれしい。つくり方の説明書も付いている。

 筆者も米1キロ分でつくってみた。蒸し米の熱を飛ばし、種麹を手ですりこむようになじませる。米を布で包んで発泡スチロールの麹室に入れる。温度が30~32度に保てるよう、湯を入れたボトルを仕込んで、毛布や新聞紙で厳重に保温。温度を下げないように適宜湯を変え、麹の香りが漏れてくるなか手入れを施し、45時間後に完成! の…はずが、さらに8時間かけて作った甘酒は、あまり甘くない“微糖”であった。ショック。スタートでコツがつかめず、米の温度を下げてしまったせいだろう。

 それでも救いがあるのが麹の素晴らしさ。甘酒としては失敗作だろうが、味そのものは悪くないのだ。

 そこで控えめな甘さととろみを生かして、オリーブオイルやワインビネガーなどと塩で合えてドレッシングに。キャロットラペ(細切りニンジンサラダ)や魚の漬け焼きにと、さっそくおいしく活用できている。

 「ぼくの麹づくりのメソッドは、手抜きでも作れるラクなやつ。自由に使ってね」

 そう呼びかける発酵デザイナーの小倉ヒラクさん(37)。6年前に初心者向けのワークショップを開き、現在までに国内外1300人に教えた麹づくりの“伝道師”だ。発酵にまつわる著書は6冊。東京・下北沢の「発酵デパートメント」を拠点に、全国各地で集めた発酵食品を販売、味わいの場を設けている。

 早稲田大文学部卒業後に商業デザイナーとして働く中、依頼を受けた山梨県のみそ蔵で「発酵菌が自分を呼ぶ声が聞こえた(気がした)」。東京農大の研究生として発酵を学び、各地の醸造家たちと食文化や地方創生にまつわるプロジェクトを展開している。

 その傍らに始めた麹づくりのワークショップは、参加者が持ち帰った麹の変化の画像をフェイスブックに投稿しあうほどの大盛況。「においが出て、胞子がモコモコ成長する姿はドラマチックで、まさに生き物。育てるのはまあまあ難しいけど、経験によって上達できる達成感もある。麹づくりは『道(どう)』なんです」と小倉さん。

 ワークショップは緊急事態宣言下で休止していたが、4月17日に再開する(申し込みは、フェイスブック「おうちでかんたん こうじづくり」から)。当初は女性が圧倒的だったが、男性も増えて現在は3割。「自炊男子の増加、やじうま的興味、若手のシェフも入ってきている。女性は健康と美容を意識。麹を通じて、地域文化への学びを深める人も多い」。実利+教養が付いてくる奥深さでも、大人を魅了している。

 何でも便利に手に入る時代に、面倒な麹の手作りをする人が増えている。

 糀屋三左衛門の村井社長は「経済的なメリット以上に、食べ物の成り立ちを知ることができる」と、その価値を指摘した。

 「私たち人間も、麹菌のような微生物も、米や麦、豆といった素材も含めて自然の一部を構成していて、食の循環の中に生かされていることを体感できる。麹づくりの作業を通じて意識を研ぎ澄まし、自然に身を委ねる感覚を養うことで、人生がより豊かになると思っています」

 自然崇拝。神代からの大和心を体現するようだ。家庭での麹づくりに、神棚を拝むような尊さを感じる。

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