5時から作家塾

世界初、注目集める「針のない血糖値センサー」実現へ

吉田由紀子
吉田由紀子

 いま糖尿病の患者が増えている。2017年の厚生労働省の調査によると、日本では1000万人が糖尿病に罹患。その数は年を追うごとに増加している状態だ。

 糖尿病は一度かかると治りにくい厄介な病気である。重症化すれば失明したり、人工透析が必要になることもある。また、脳梗塞や認知症、神経障害など様々な合併症も引き起こしてしまう。

 治療をするには血糖値を測定し、正確な数値を把握する必要がある。とはいえ、指先に針を刺すので、どうしても痛みが伴う。それを1日に何度も行わないといけないため、患者にとって大きな苦痛になっている。さらに長年採血を続けると皮膚が硬化して、ますます針を刺すのが困難になってしまう。なんとか針を刺さずに血糖値を測りたい。これが糖尿病患者の願いだ。

 こういった願いを叶えるべく開発中の医療機器が、いま注目を集めている。

 モバイル型血糖値センサーだ。従来のように針を刺して採血をするのではなく、レーザーで血中糖度を測定できる画期的な測定器である。

 どういう仕組みになっているのか。開発したライトタッチテクノロジー株式会社、代表取締役の山川考一氏に取材を行った。

 「原理は簡単です。高輝度の赤外線レーザーを指先に当てると、その一部が皮膚を通過して毛細血管に到達します。血液中の糖(グルコース)が多いほど光線を吸収しますが、何割かの光は跳ね返ってくるのです。この返ってくる割合により血糖値が分かる仕組みになっています」

 測定はセンサーに指を5秒間かざすだけ。痛みは一切ない。測定した血糖値はスマートフォン上に自動的に記録される仕組みだ。針を使用しないので感染症の心配がなく、医療廃棄物も発生しない。医療費の削減につながる可能性があり、大きな期待が寄せられている。

 研究所での体験が、開発のきっかけに

 山川氏は、大阪大学大学院工学研究科博士後期課程修了後、最先端レーザーの開発と応用研究に従事。現在は国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構のレーザー医療応用研究グループリーダーとして研究を進めている。

 実はこの研究所での体験が、血糖値センサー開発のきっかけになったのである。

 「研究所職員のお子さんが糖尿病だったのです。糖尿病には2種類あって、生活習慣が原因となる2型と、遺伝などの因子により罹患する1型があります。そのお子さんは1型でした。1日4、5回インスリンを注射する必要があり、血糖値の測定も必要でした。そのため、夜中に起して注射をしなければならない状態で、お子さんも親御さんも多大な負担を強いられていたのです。なぜ痛みを伴わねば採血できないのか? 他に方法はないのかと、調査を始めました」

 こうして山川氏は、2014年にプロジェクトを立ち上げ、開発を進めていく。2017年には研究所に所属しながら、実用化を目指してライトタッチテクノロジー社を設立する。

 「実は調査の結果、30年前にレーザーで血糖値を測定したという論文が発表されていたのです。しかし、赤外線レーザーが糖以外の物資も吸収してしまうため、精度に問題がありました。私は25年間レーザーの研究を行ってきましたので、この分野には知見があります。そこで、光パラメック発信技術をという方法を使ってみたところ、従来の10億倍もの高輝度レーザーを発振することができたのです」

 この方法を編み出したおかげで精度が向上し、血中の糖度を正確に測定できるようになったのだ。

 他の疾病にも応用できるのが特徴

 こうして針を刺さずに採血するモバイル型血糖値センサーを開発した山川氏。現在、1型糖尿病患者を支援するNPO法人と連携し、実用化に向けて改良を続けている。

 「レーザーは、もともと本体が1.5 m四方もある大型の装置です。それを家庭で使えるサイズに小型化するのに時間を要しました。現在は素材に金属を多く使っていますが、さらにコンパクトにするため、素材を樹脂などに変えて改良を重ねているところです」

 糖尿病の患者からは、今のサイズでもいいので一日も早く販売してほしい、早く苦痛から解放されたい、こういった実用化を望む声があがっている。

 「早く販売できるように開発を進めています。ただ、医療機器ですので厚生労働省の認可が必要です。審査にある程度の時間がかかると思いますが、再来年の早い時期には販売できるよう進めています」

 価格は未定だが、現在糖尿病患者が使用する採血キットと同等の額(月額1万2000円程度)を予定している。

 山川氏が開発した高輝度赤外線レーザーは、糖尿病だけでなく、他の疾病にも応用できるのが特徴の一つだ。

 「高輝度赤外線レーザーは波長を変えれば、血液中の中性脂肪やコレステロールも測定することが可能です。また、がんの診断に用いる腫瘍マーカーも採血をせねばなりません。しかし、レーザーで腫瘍を発見できる可能性もあるのです」

 さらに、大気中の二酸化炭酸濃度を遠隔で測定する技術開発も進めており、環境分野でも活躍が期待されている。医療に留まらず、他の分野にも幅広く応用できる高輝度赤外線レーザー技術。大きな可能性を秘めていると言える。筆者も今後の動きに注目をしたい。(吉田由紀子/5時から作家塾(R)

5時から作家塾(R)
5時から作家塾(R) 編集ディレクター&ライター集団
1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。

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