江戸時代、旅人相手に土産物として売られ、庶民に親しまれてきた大津絵。ユーモラスな姿は、江戸時代の妖怪、アマビエもびっくりする“ゆるキャラ”ぶり。20世紀を代表するスペインの巨匠、パブロ・ピカソ(1881~1973年)も所有していたというから驚きだ。いま東京・丸の内の東京ステーションギャラリーで大規模な展覧会が開かれ、鑑賞者を楽しませている。(渋沢和彦)
一番人気は「鬼の念仏」
大津絵は江戸時代初期から東海道で栄えた大津周辺で土産物として旅人を中心に売られていた。力を抜いたのびのびとした線で簡潔に描写。熟練した絵師によって、大量生産された。人気キャラクターは鬼で、「鬼の念仏」は代表的な画題。僧衣をまとった鬼が、念仏を唱えて歩く姿を描いた。まん丸の大きな目を持つ赤ら顔。怖そうだがどこかユーモラス。壁に貼ったりしておくと、子供の夜泣きがなくなると信じられた。
大津絵は素朴さが魅力で、絵柄はわかりやすく明快。「猫と鼠」は、ネズミがネコに勧められ酒を飲む酒盛りのシーンがコミカルに表現され、屈託がない。これと同じ構図のものをピカソが所有していた。入手経緯はわかっていないが、日本美術の研究者で大津絵に詳しいフランス国立極東学院のクリストフ・マルケ学院長によると、「壁に飾るために額装し、最後まで手元に大切に置いていた」という。天才をも惹きつけた魅力を秘めているようだ。
サルが巨大な瓢箪を抱え押さえ込んだ「瓢箪鯰(ひょうたんなまず)」など、笑いを誘う愉快な絵のように、気楽に鑑賞できて心地よい。
魯山人も所蔵
現在のポスターと同じような値段で買えたため、大衆に親しまれ全国に広まったが、明治以降は土産としての使命を終えて衰退。それに反して、画家や文人らの目利きが価値を認め収集した。
展示作品の旧蔵者の来歴も面白い。「鬼の行水」は、小説家の渡辺霞亭(かてい)(1864~1926年)に始まり、霞亭死後に日本画家、山村耕花(こうか)(1885~1942年)が入手。そして大原美術館を設立した実業家、大原孫三郎(1880~1943年)に渡り、後年になって大原家から日本民藝館に寄贈された。
篆刻家、陶芸家などさまざまな顔を持つ異才、北大路魯山人(1883~1959年)も関心を示して所蔵していた。
贋作も多くあるとされるが、本展では旧蔵者の来歴が確かな選りすぐりの名品約150点が勢ぞろい。
大津絵の評価は近年高まり、昨年、パリ日本文化会館で展覧会が開かれた。「日本美術の新しい側面を知ることができ好評だった」(マルケ学院長)という。
タイムリーな企画
そもそも大津絵はこれまで民画として歴史や民俗資料として扱われてきたため、博物館や歴史資料館などで紹介されてきた。本展のように大津絵を美術としてとらえ、美術館で開催する本格的な展覧会は珍しい。
コロナ禍の中にあって、疫病をおさめるとされる江戸時代の妖怪「アマビエ」が、SNSなどで人気となっている。「現代は、ゆるキャラが求められる時代なのでしょう。タイムリーな企画かもしれませんが、なにより見ていて楽しく癒されるのがいい」と、東京ステーションギャラリーの田中晴子学芸員。
大津絵は芸術品として売られたわけではなく、あくまでも庶民のための日用品的なものだった。それが時代をへて文化人がこぞって収集し、価値が高まっていった。江戸時代のゆるキャラは、今後ますます注目されるに違いない。
「もうひとつの江戸絵画 大津絵」展は、11月8日まで、東京都千代田区丸の内1の9の1、東京ステーションギャラリー(JR東京駅丸の内北口改札前)で開催中。月曜休館(11月2日は開館)。一般1200円。入館チケットは日時指定の事前購入制。来館前にローソンチケットで購入を。問い合わせは同館(03・3212・2485)。