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エジプト自殺増 遺族苦悩 宗教でタブー視 周囲に明かせず

 自殺を禁じるイスラム教の信徒が国民の9割を占めるエジプトで、自ら命を絶つ人が増えている。だが、自殺をタブー視する社会の風潮が実数や背景の解明を阻む。「宗教に反した」ため周囲に打ち明けられず、苦しみ続ける遺族も多い。

 北部の港町アレクサンドリアで2019年11月下旬、20代の画家のヤセルさんが一つ息を吐いてから言った。「自殺した弟のことは恥だと思っている」

 4人きょうだいの末っ子で専門学校生だった弟は同2月、自らナイフで喉と手首を切った。19歳だった。経緯を調べた警察官は父親に「誰にも話さない方がいい」と忠告した。小さな葬式を急いで済ませた。

 イスラム法は自殺を禁止行為と規定。預言者ムハンマドの言行録ハディースは、自殺者は地獄でさいなまれると記す。「弟もイスラム教徒。地獄に落ちると分かっていた」とヤセルさん。弟の死因は友人にも話さない。

 世界保健機関(WHO)によると、エジプトの自殺者は年間約4000人と推定される。10万人当たりの自殺者数(16年)は4人で、同18.5人の日本より少ないが、年々増加している。

 「実際の自殺者数は統計より多い恐れがある」。カイロ・アメリカン大のタハ・アブフセイン教授(社会学)が指摘した。「自殺は罪」との考え方が社会に根深く、遺族が明かそうとしないためだという。エジプトでは家族に自殺者がいるとの理由で結婚が破談になることも少なくない。相談窓口や遺族をサポートする仕組みもほぼ皆無。アブフセイン教授は「まず人々の意識を変えなければならず、時間がかかる」と、対策の難しさを指摘した。

 経済の行き詰まりと強権の復活で、息苦しさを増すエジプト社会。前途を悲観する理由は多々あるが、自殺者が増える原因究明は進んでいない。

 ヤセルさんによると、弟は西洋文化に感化され「遅れたアラブ社会」に嫌気がさしたと口癖のように言っていた。マリフアナに手を出し、とがめた両親を殴った。その上、自殺までして家族や自分に「恥をかかせた」。ヤセルさんは、弟が死を選んだ理由を突き詰めてこなかった。

 「兄さんはすごい芸術家になるね」。絵を描き上げたとき、弟が珍しく話し掛けてきた。自殺の前夜だった。「早く寝ろよ」と冷たく言い返した。なぜもっと話をしなかったのか。ヤセルさんは自分を責めている。弟が使った小さなナイフを捨てられず、自室の棚に置いている。(アレクサンドリア 共同)

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