3500人余りの乗客乗員が待機を強いられているクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。新型コロナウイルスの感染者拡大に伴い、全員に対するウイルス検査の是非をめぐって政府内で見解が揺れている。乗客には重症化リスクの高い高齢者や持病のある人が多く、全員を検査すれば感染者の早期発見にメリットがある。一方、検査の処理能力には限界がある上、結果的に待機期間が延びる可能性もあり、難しい判断を迫られているようだ。
「国民の不安や懸念にしっかり対応していくことが大事。できるのであれば、やっていきたい」。加藤勝信厚生労働相は10日の記者会見でこう述べ、クルーズ船の乗客乗員全員の検査を検討していることを明らかにした。感染者の増加に伴い、検査の必要性を指摘する声も寄せられているという。
一方、菅義偉(すが・よしひで)官房長官は同日、「現状では厳しいものがある。発熱などの症状が出ている人、高齢の人を中心に先行して検査を行いたい」と全員の検査は困難との異なる認識を示した。
検査態勢追いつかず
船内での感染者は、10日に65人増えて135人に一気に拡大した。政府内で見解が揺れているのも、感染者の増加に歯止めがかからない中、検査態勢が追いつかない現状があるからだ。政府関係者も「他の場所で集団感染が発生した場合に対応できなくなる恐れがある」と危惧する。
厚労省は3日からの検疫作業で、検査対象を従来の基準にのっとり、(1)発熱やせきの症状がある人(2)有症者の濃厚接触者(3)途中下船後に感染が判明した香港の男性の濃厚接触者-に限定。当初は273人だったが、船内待機が長引くにつれ、体調不良を訴える人が相次ぎ、10日までに439人に膨らんだ。まだ検査待ちの人もいるという。
増加した検査対象の中には、厚労省が追加検査の意向を示す高齢者や持病のある人など、新型ウイルスの重症化リスクが高いとされる人も既に含まれているとみられる。
乗客2666人を年代別で見ると、60代910人、70代1008人、80代215人、90代11人-と60代以上が8割を占め、糖尿病や高血圧などの持病を抱える人も少なくない。
全員を検査すれば、乗客の不安解消につながるほか、中国湖北省から政府派遣のチャーター機で帰国した人たちのように、無症状の感染者を見つけられる可能性もある。
1日最大は1500人
3500人余りの乗客乗員全員のウイルス検査は、実現可能なのか。
厚労省によると、検査を実施する国立感染症研究所(東京)や全国83カ所の地方衛生研究所(地衛研)がフル回転すれば、1日最大1500人程度の検査が可能だ。
民間の検査会社や大学の研究施設にも協力を呼びかけ、処理能力の向上を図ることにしているが、「地衛研でも慣れていないところがある。熟練の技術が必要で、精度を損なわないようにキャパシティを広げないといけない」(同省幹部)という課題が残る。
厚労省は全員の検査を行った場合、結果が出るまで船内待機を求める意向で、結果的に滞在期間が延びる可能性もある。感染者が爆発的に増えた場合の医療機関の受け入れ態勢などにも配慮する必要がある。
東京医科大の濱田篤郎教授(渡航医学)は「症状のある人や高齢者たちを優先して検査する必要があり、首都圏での実施を考えれば処理能力には限界がある」と全員検査に懐疑的な見方を示し、「今後、国内で市中感染が確認された場合には、こうした課題がより深刻となる」と指摘した。
朝まで相談放置も
「検査にかかる日数を考えると、現実的には無理だと思う」
全員検査の是非について、乗客でつくる「緊急ネットワーク」代表の千田忠さんは11日、電話取材にこう話した。ただ、乗客たちは医療・健康面や今後の見通しなどの適切な情報提供がないことに不安を募らせているという。
同ネットは9日、厚労省に支援態勢の整備を求める要望書を提出した。
千田さんによると、乗客らは部屋から出られない状況が続く中、情報が得られるのは船内放送と外部のニュースのみ。1つしかない健康支援窓口の電話で対応する人も医療の専門家ではなく、「熱が出たと電話をしても『相談します』と言ったままそれっきりで、翌朝まで放置されることもあった」と訴えた。