街にたたずむ、緑と白に塗られた路面電車。ドアを開ければ、そこは食堂-。長崎市で住民だけでなく観光客や鉄道ファンにも愛された老舗洋食店「きっちんせいじ」が30日、閉店する。主人の安達征治さん(74)と妻妙子さん(69)は「ありがとう」と幕を掲げ、半世紀の思い出をかみしめて師走の営業を続ける。
路地に面して停留する電車の先頭部に誘われて店内に入ると、漫画本が並ぶ書棚とともに、天井から下がったつり革が目に入る。看板メニューは、ピラフとスパゲティ、トンカツなどを1枚の皿に盛り合わせた長崎名物「トルコライス」。客はカメラで撮影し、料理をほお張る。
店は50年以上前、長崎市新大工町で創業。国の重要文化財「眼鏡橋」から近い同市東古川町へ、1970年代に移った。昭和57年の長崎大水害で使えなくなった路面電車の車体を一部譲り受け、復興を願い店の入り口に活用。いつの間にか人気スポットになっていた。
夫妻はほぼ毎日、調理場に立ち続けた。「ここのメニューで育ちました」と、昔なじみの客がたくさん訪れる。「来てくれる人のため、毎日開けないと」。だが、妙子さんの脚の手術を機に、店を畳むことにした。
十数年前に近所で暮らしていた頃の常連だった千葉市の男性(41)は「夫妻の人柄に引かれ、平日でも仕事仲間らと長居していた。愛情のこもった料理を、忘れることはない」と惜しむ。
「直接、皆さんに感謝を伝えたい」。夫妻は最後の日まで、元気いっぱいの自然体で客をもてなすつもりだ。