■W杯サッカー観戦の注意書
「ちょちょちょ、ちょっと待って、そもそもなんでサッカーを観(み)ているだけでひとが死ぬの?」
“マラカナンの悲劇”のことをかつて身内に話した時の反応がこれです。
「サッカーの観戦ごときで」
確かにわれわれ日本人が覚える最大の違和はここにあるのかもしれませんが、生来説明能力を欠く私はうまく答える事ができませんでした。
「タロッチの説明じゃ全然わかんない…」
そんな私に代わって、本書はこの問いに応じています。
“マラカナンの悲劇”とは、1950年W杯ブラジル大会の最終戦で敗北したことによる開催国のショックのことです。心臓発作による死者まで出した悲劇を、会場となったマラカナンのスタジアムの建設段階にまで遡(さかのぼ)って語り直しています。対戦国の隣国ウルグアイとの関係、本戦の経過、メディアの様子、実際の試合展開、サッカーそのものの由来、選手個々の心理にまで踏みこみ、すべての因果が噛(か)み合ってしまった時、人命に関わる悲劇がサッカー観戦でもおこりうることを淡々と説いているのです。淡々とした筆致の中にも著者の意識を食い破ったような「ゴール!」といった文言の登場が、攻守の境がないサッカーの突然性を体現しているようにも感じる一冊です。