鉄道業界インサイド

コロナ禍で相次ぐ鉄道運賃改定…値上げか値下げか 私鉄各社のしたたかな戦略

枝久保達也

 2022年から23年にかけて鉄道運賃の改定が続きそうだ。まずは新型コロナウイルス禍を受けた値上げの動きだ。東急電鉄は11月10日の決算説明会の中で、今後も鉄道インフラの維持・更新を継続的に行い、鉄道事業を持続可能なものとするため、23年春に運賃値上げを行うと発表した。値上げの方針は従前から示されていたが今回、改定率は十数%、実質的な増収率は10%未満を想定し、初乗り運賃で見ると現在の130円(切符の運賃)が140円になるとの具体的な方針が示された。

 通学定期の大幅値下げも

 現在の運賃制度では、人件費や経費、諸税や減価償却費などの営業費と、支払利息、株主への配当など事業報酬の合計=総括原価の3カ年平均に対し、運賃・料金収入が不足している場合に不足分の収入を賄う運賃改定を行うことができるとされている(厳密には大手私鉄の総括原価は事業者間のコストを比較して算定するヤードスティック方式で算出されるがここでは割愛する)。

 コロナ禍により鉄道の利用者は2割から3割程度減少しているが、鉄道事業は固定費の比率が高いため、営業費の削減には限度があるため、ほぼ全ての大手私鉄で鉄道を含む運輸事業が赤字化した。この状態が2020年度、21年度、22年度の3カ年継続すると運賃改定が可能になるというわけだ。

 そんな中、運賃値下げを実施するのが千葉ニュータウンへのアクセス路線を運行する京成グループの鉄道事業者、北総鉄道だ。同社は千葉ニュータウンの開発が遅れたことで利用が低迷。大手私鉄と比べて高額な運賃を設定しながらも赤字が続き、1999年度には累積損失は最大447億円に達した。そこで債務返済の繰り延べなど経営再建が進められ、2000年度以降は黒字転換。2019年度決算では約177億円の売上高に対し、約42億円の営業利益を生み出すまでになった。また通勤利用者が多いこともあり、コロナ禍後も黒字をキープしている。

 その結果、22年度に累積損失を解消できる見込みとなり、長年の懸案であった運賃問題の見直しに着手。そして11月19日に国土交通省に対して運賃の変更届出を行うとともに、初乗り運賃を210円(切符の運賃、以下同)から190円、また中距離帯を中心に最大100円、全体で15.4%値下げする運賃改定を22年10月1日に実施する予定と発表した。

 この運賃改定の最大の特徴は、子育て世代への配慮や若い世代の入居促進につながるよう、家計への負担の大きい通学定期運賃を大幅に値下げしたことだ。例えば京成高砂~印西牧の原間の6カ月通学定期は、8万950円から2万6950円へ5万4000円も値下げされる。

 また北総線内の移動を促進し、沿線を活性化させるため10~14キロの中距離帯を重点的に値下げするなど、全体を均等に下げるのではなく、ポストコロナの沿線のあり方を見据えたメリハリの利いた運賃改定となった。

 もうひとつ「衝撃」の運賃改定を発表したのが小田急電鉄だ。11月8日に「子育てしやすい沿線の実現に向け、小田急は走り出します」として、「こどもの笑顔をつくる子育てパートナー」であることを宣言。そして2022年春に、小児運賃(小学生)のICカード利用時の運賃を線内一律50円とすることを発表したのである。例えば、新宿から小田原までの普通運賃(IC運賃)は891円、小児運賃は445円だ。これが50円になるのだから、9割近い割引となる。

 大胆な運賃値下げは“広告料”

 しかし、ここにはしたたかな戦略がある。運輸収入全体に占める小児運賃の割合は微々たるものであり、これを大幅に値下げしたところで経営への影響は少ない。小児運賃が安いなら車でなく電車で出かけようとなれば、同行する親の運賃でプラスになる。今後、人口減少が本格化する中で、子育て世代の流入と定住は持続的な経営に必要不可欠だ。

 もちろん、それは小田急に限ったことではなく、今後各社各路線間で顧客の奪い合いが激化することを意味している。そんな中、大胆な運賃値下げにより小田急沿線は子育てしやすいというイメージが広がるのなら、広告料として安いものだ。

 過去20年、デフレ経済や都心回帰による利用者の増加を背景に、大手私鉄は消費税改定を除き、ほとんど運賃改定を行わなかった。しかし、コロナ禍により経営状態は大幅に悪化。またテレワークの普及などでコロナ収束後も利用は元通りにはならないと見られている。北総鉄道のような例外はあるとしても、中長期的には値上げが避けられない中で、メリハリをつけた戦略的な運賃設定が広がっていくことになりそうだ。

枝久保達也(えだくぼ・たつや) 鉄道ライター
都市交通史研究家
1982年11月、上越新幹線より数日早く鉄道のまち大宮市に生まれるが、幼少期は鉄道には全く興味を示さなかった。2006年に東京メトロに入社し、広報・マーケティング・コミュニケーション業務を担当。2017年に独立して、現在は鉄道ライター・都市交通史研究家として活動している。専門は地下鉄を中心とした東京の都市交通の成り立ち。著書に「戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団」(青弓社)。

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