まさかの法的トラブル処方箋

殺人事件が起こった部屋は? 「事故物件」から逃げることができない保証人

上野晃

 前回、事故物件と相続の問題を取り上げましたところ、反響が大きかったこともあり、今回もこのテーマでお話ししたいと思います。ある部屋が事故物件となった場合、どんな法律問題が発生するでしょう。荷物の片付けに関する相続の問題は前回しましたよね。だからそれ以外で、です。

 「気持ち悪いな」と感じる物件

 まずは原状回復費用の問題が発生しますね。これが結構高いんです。そりゃそうですよね。部屋全体を総取り替えすることになるのですから。おまけに消臭作業なんかもありますし。原状回復費用以外で最も高額なものが、その後新しく借主を付けることが困難になったことで失った利益分の賠償費用です。今日はここに焦点を当ててお話をしたいと思います。

 ところで、そもそも事故物件って何だと思います?

 「自殺とか孤独死とかが部屋で起きた物件」

 ざっくりとこんなイメージを持っているのではないでしょうか。まあ間違いではないですが、厳密には正しくありません。事故物件とは、法律用語で言い直すと、「心理的瑕疵のある物件」と言います。「心理的瑕疵のある物件」とは何でしょう?

 ものすごく砕けた言い方をすると、「気持ち悪いな」と感じる物件のことです。気持ち悪いって感じるかどうかは人それぞれ違うんですけど、平均的な人、常識的な感覚で気持ち悪いと感じるかどうか、そんな非常に大雑把な基準で判断します。

 実際、ある裁判例で「通常一般人において、住み心地の良さを欠くと感ずることに合理性があるか否か」という基準を挙げています。どうです? なんか分かったような、分からないような…こんなんでいいの? って言いたくなるような基準ですよね。

 この基準に沿って事故物件かどうかが決まるわけですが、例えば孤独死だったとしても、ただちに事故物件になるわけじゃありません。発見された時に、死体が腐敗したり、白骨化したりしていた場合に限って事故物件として扱われます。

 失った利益ってどう算定するの?

 先ほどお話しした通り、事故物件になると次にその部屋を借りる人を見つけるのが非常に困難になってしまいます。と言いながら、実は事故物件を狙って借りる若者も増えているらしいのですがね。けどそうした若者だって、なぜ事故物件を借りようとするかと言うと、安いからなんです。つまり、事故物件になると、賃貸価格を下げざるを得なくなる。そのこと自体が損害なのです。

 では、その損害はどうやって算定するのでしょう?

 確かに通常の価格で貸すのが難しくなるのでしょうが、それってどれくらいの期間と評価すべきでしょう?

 実のところ、裁判所の判断は一定ではありません。2年だったり、3年だったり、5年だったり、10年だったり、場合によっては何十年もの期間、事故物件扱いとすべきと評価した裁判例もあります。なぜこんなに違ってくるのでしょう?

 個々の裁判官のさじ加減で決まってしまっているだけなのでしょうか? まあそういう部分もあるんでしょうけど…一応考え方はあるのです。それは、先ほどお話しした事故物件って何? という定義の話と関係します。先ほどお話しした通り、事故物件、つまり「心理的瑕疵のある物件」か否かは、平均的な感覚で「気持ち悪い」と感じるかどうかで判断されます。これをまず前提においてください。

 保証人はどこまで責任を負うの?

 では質問します。殺人事件が起こった部屋。どれくらいの期間事故物件扱いすべきでしょう? 自殺が起きた部屋と比べてどうでしょうか? そうなんです。その部屋で起きた「死」の原因がどんなものだったのかは、事故物件として扱われる期間の決定に重要なメルクマールとなるのです。

 また、平均的な感覚で気持ち悪いと感じるかどうかは、その部屋に対する周囲の評判とも関係します。周辺住民から噂されるような出来事があった部屋であれば、そこに住むのは躊躇(ちゅうちょ)されるのが通常の感覚でしょう。ということで、その部屋が都市部にあるのか田舎にあるのかというのもまた、事故物件として扱われる期間に影響します。都市部であれば噂は風化しやすいからです。同じように、ワンルームかファミリータイプかによっても期間は異なってきます。ワンルームの方が借主の出入りも激しく、噂はあっという間に風化するだろうというのがその理由です。

 このように、事故物件になった場合に借主が負うべき損害賠償の額は、いろいろな要素によって違ってきます。あ、借主はすでに他界してしまっているので、正しくは相続人ですよね。けれど、相続人については逃げ道があります。

 これ、前回お話ししましたよね。そうです。相続放棄です。事故物件の場合、相続人のほとんどが相続放棄をしてしまいます。財産があまりないケースが多いんですよね。だから負債だけ負うなんて御免だということで相続放棄するんです。けれど逃げられない人がいます。それは、保証人です。保証人は相続人と違って、賃貸人と独自の契約関係にあるので、負債も独自に負うことになります。だから逃げられない。放棄できないんです。ちなみに、前回の部屋の荷物の片付けについてですが、保証人は片付け義務を負いません。保証人が負っているのはあくまで金銭的な債務のみなんです。

 さて、ではこの保証人、どこまで負担しなければならないのでしょうか。実はこの点について、最近民法の改正があったんです。個人保証をする場合、保証をする最大の額(「極度額」と呼びます)を決めなければならないというルールになりました。なので、事故物件で賃貸人が新しく貸すことが難しくなったことで失った利益分の損害賠償というものが、仮に10年分という高額なものになったとしても、保証人は極度額の範囲でしか負担しなくていいことになったのです。

 けれども、この民法改正前にすでに賃貸借契約が結ばれていて、その際に保証人になって今に至っている方については、改正民法の適用はなく、以前の民法に従うことになっていますので、その場合、保証人の負担がどれくらいになるかは、前述した損害賠償額の算定に左右されることになります。場合によっては、とんでもない額の請求が来ることだってあり得るのです。

 取るべき対策は?

 もし、ご自身が誰かの賃貸借契約の保証人になっているのであれば、その契約が保証人に関する民法改正前に結ばれたものなのか、必ずチェックしてください。そして、民法改正前のものであれば、更新のタイミングなどに賃貸人や賃借人と話し合うようにしてください。

 それと、いつもこのコラムで最後に言っていることなのですが、事故物件の損害賠償額はあまりにも不明確です。賃貸人側も賃借人側も、算定できずに困っています。国土交通省さん、具体的で明確、分かりやすいガイドライン、ぜひ作ってください。

神奈川県出身。早稲田大学卒。2007年に弁護士登録。弁護士法人日本橋さくら法律事務所代表弁護士。夫婦の別れを親子の別れとさせてはならないとの思いから離別親子の交流促進に取り組む。賃貸不動産オーナー対象のセミナー講師を務めるほか、共著に「離婚と面会交流」(金剛出版)、「弁護士からの提言債権法改正を考える」(第一法規)、監修として「いちばんわかりやすい相続・贈与の本」(成美堂出版)。那須塩原市子どもの権利委員会委員。

【まさかの法的トラブル処方箋】は急な遺産相続や不動産トラブル、片方の親がもう片方の親から子を引き離す子供の「連れ去り別居」など、誰の身にも起こり得る身近な問題を解決するにはどうしたらよいのか。法律のプロである弁護士が分かりやすく解説するコラムです。アーカイブはこちら