「学生投資連合USIC」に所属する各大学サークルがリレー形式でお送りする本連載も、開始からはや4カ月が経過した。学生が様々な切り口で投資に興味を持ち、主体的に金融の勉強をしようという熱い思いがひしひしと伝わってくる。サークルそれぞれが工夫しながら活動を継続しているが、コロナ禍という様々な制限を伴うなかで苦しい状況がなお続いている。
一方で、コロナは投資というものにスポットライトを当てた側面もある。「老後2000万円問題」が浸透し、金融リテラシーや資産形成の重要性が高まっている。そのなかコロナ禍の歴史的金融緩和によって、米株式市場各指数の「史上最高値更新」、日本の株式市場各指数も「バブル期以来の高値更新」など、連日市場関連のニュースが報道され、コロナ禍もありお金と時間に余裕のできた大学生を刺激した。その結果として、USICの加盟サークル・加盟員数が増加している。更に驚くべき特徴は、ほぼ男子で占められたサークルに、投資女子が急増しているのだ。
学生が投資というと、「若い時からそんなことに興味をもつなんて立派」という肯定的な意見もあれば、「若い時から金儲けに走るなんて…」という否定的な意見の2つに分かれる。特に最近顕著に増えた意見は「若者が投資に熱中しているのは靴磨きの少年ではないか」というものだ。つまり、靴磨きの少年のような、お金もなく株の知識もないような人が多く関心を持ち始めたのなら、相場は天井であり、暴落の予兆だという有名な逸話だ。正に昨今の投資サークルの動きをみれば、否定できないだろう。
ただ、投資に熱中する若者が増えたという事実だけではなく、なぜ投資に熱中するのか掘り下げる必要がある。そこで、今回はインタビューやアンケートを通して、若者が投資をする理由と意義について考えてみたい。
新入生にインタビュー
学生の生の声を聴くべく、筆者(八田潤一郎)が今年大学デビューしたばかりの新入生2人にインタビューした。今回協力してくれたのは慶應大学・文学部1年の小川くんと、明治大学・法学部1年の清水さんだ。
Q.投資に興味をもったきっかけは?
小川:元々両親が株主優待を貰っていたのを見ていたので身近でした。FX関連の動画をみて自分にも始められるかなと…。金融を学ぶことは将来の選択肢を増やすことにも繋がると思いました。
清水:私も両親が配当や優待を貰っていたのを見ていたので身近でした。コロナショックの暴落を耳にし、始めるきっかけになりました。元々仕事や病気などで将来の資産形成に不安があったことも根底にあります。
Q.将来の資産形成に言及されたが、将来へ向けて始めた?
清水・小川:現時点では、資金もないので将来のためというよりも、勉強目的ですね。
Q.投資スタイルは?
小川:株式やFXで世界のニュースを参考に、資金が限られているのでテクニカル分析で短期運用しています。
清水:週1000円ずつ無理のない範囲で成長・安定度を見極めながら、大型株に長期積立投資をしています。一方で、新興株で話題になった株式に短期で運用することもあります。
Q.運用にあたってのルールは?
小川:感情に流されない損切りですね。
清水:短期運用では含み損3%で損切りとタイトな設定にしています。他方、長期運用では気にせず放置しています。
Q.重視することは?
小川:資金もないので儲けは期待できません。勉強になる・経験を積めることです。市場の値動きは世界経済の体温計ですし、世の中の動きに敏感なれます。
清水:少ない資金でも今から資産形成を始めることは大切だと思います。ただ、何より勉強になります。学生の知らないような会社が実は凄い技術をもっていたり…就活など将来を考える上でも役立ちます。金融リテラシーや分析の力は、どの分野でも必要な知識ですしね。
Q.不安なことは?
小川:情報があふれていることです。どれが正確なのか、よく考える必要があります。
清水:資産がなくらないかはいつも不安です。それでも貯金よりは良い選択だと思います。
Q.情報の選択というお話があったが、情報収集はどのように?
小川:色々な媒体があるからこそ、実際の(サークルなどの)先輩の声は大切だと考えています。
清水:日経新聞を読む癖をつけています。その一方で、SNSは世の中の温度感を知るためにみます。
Q.日本株に投資されているようだが、日本は持続的に成長すると思う?
小川:日本にいると実感はないけど、漠然とは欧米諸国との差を感じます。
清水:日本の仕事は丁寧だけどスピード感がなく、置いていかれるような印象です。一方で、個別企業ベースではすごい会社も沢山ありますよね。
Q.お金の使い道は?
小川・清水:投資のお金は再投資でずっと回すつもりです。まだ資金は少ないですが、複利効果もありますし、ゆくゆくは給料+投資収入の二足の草鞋にして、病気や老後に備えたいです。
お二人とも大学デビュー仕立てにもかかわらず、「勉強のため」「将来のため」などしっかりした動機をもち、立派な印象をうけた。特に清水さんは、「給料の男女格差はまだあるように思える。女性こそ経済的独立を図るために投資は必要だ。」という。その一方で「同性の(投資)友達・仲間が欲しい」と本音を漏らす。投資女子が急増しているとはいえ、まだ女性への投資普及は道半ばだと感じる。
新入生アンケート
二人へのインタビューを通して、印象に残るのが「勉強のため」に投資するということだ。これは二人に限らず、投資に興味を持つ大学生に共通する傾向だ。2大学(慶応義塾大学・明治大学)の投資サークル新入生112人を対象に、今年4月に実施したアンケートでも、同様な傾向が示された。
投資をするにあたって、重視することを問うと、6割を超える学生が勉強になることを挙げる。資金がなく資産運用の効果が望めないからこそ、儲けでなく投資を通じて勉強したいというのは必然といえるが、やはりここが学生ならではの特徴だ。投資というと、専ら、資産形成のために行う人が多いが、学生は投資を通じて、様々な知識やスキルを獲得したいようだ。このことは興味のある投資商品を問うた際に、手軽な投資信託よりも分析を要する個別株式を選択する学生が約3倍多くいたことからも裏付けられている。
なぜ若者が「今」投資に熱中するのか
勉強を目的に投資に興味をもつことがわかった。それでは、その原動力となっているものはなんだろうか。「老後2000万円問題」が話題になるなど、政府の各種施策により、学生にも金融リテラシーの重要性が浸透している。その金融リテラシーこそ、投資を通じて学生の勉強したい・養いたい対象である。
但し、世間で話題になっているから、学生が金融リテラシーの必要性を感じているわけではないように思える。インタビューで「日本にいると実感はないけど、漠然とは欧米諸国との差を感じます。」、「日本の仕事は丁寧だけどスピード感がなく、置いていかれるような印象です。」と2人が答えてくれたように、学生自らが日本への漠然とした不安があるのかもしれない。
漠然とした不安とはなんだろうか。ここでは賃金についてみていく。物価変動を加味した実質賃金推移の国際比較(出所:oecd.statより全労連が作成。民間産業の時間当たり賃金)をみると、日本の賃金は1997年をピーク(基準)として、2020年時点で10%低下する。この20年で、欧米先進国をはじめ、お隣韓国でも各国の実質賃金は20~60%ほど上昇しており、日本だけが貧しくなっているともいえる。
過去の推移ではなく、これからはどうだろう。実質賃金を上げるには、物価に対して賃金を上がることを意味し、物価が下がるか、名目賃金をあげることが選択肢となる。
物価が下がることはデフレを意味し、一般に経済にネガティブな影響を与える。企業収益の落ち込みは、投資抑制・人件費削減と失業率増加を招き、結果として消費も落ち込み、一段と物価が下落する悪循環、デフレスパイラルに陥る可能性もある。日本も「失われた20年」に表されるように長年苦しんできた。それでは、物価上昇を意味するインフレを手放しでは喜んでよいのか。需要側に起因するデマンドプル型か供給側に起因するコストプッシュ型かを見極める必要がある。
デマンドブル型では給与増など社会全体の経済活性化が見込めるが、コストプッシュ型では原材料価格の高騰によるもので物価だけがあがる。新型コロナウイルス感染症の縮小は需要増を招いたが、急激な需要増・大規模金融緩和・物流などパンデミックに伴う混乱の継続によりコストプッシュ型インフレとなり得る。加えて、脱炭素化が相まって資源高(皮肉にも燃料高も)、異常気象が相まって穀物高など、コモディティ価格の上昇に歯止めがかからない。企業努力やステルス値上げ(シュリンクフレーション)で耐えられなく日本でも、次々と様々なものが値上げされており、実生活でも体感している。むしろ、ネガティブな物価上昇により実質賃金の一段の低下さえ考えられるのだ。
それでは、名目賃金の上昇はどうか。景気状態は、いざなみ景気に迫る、好景気とされ「アベノミクス景気」と称されたほどだが、実感はない。現に、企業の経常利益・従業員給与・利益剰余金推移(出所:法人企業統計調査e-Statより筆者作成。全産業(金融業、保険業を含む))をみると、好景気をうけ、利益が拡大する一方で給与の増加は殆どみられない。
利益を元手に先行投資の積極化や株主還元を強化すべきという議論は別として、利益が従業員に十分に還元されず、有事に備えた利益剰余金(内部留保)を加速度的に積みあげていることは事実だ。この莫大な利益剰余金の使途・配分次第では経済活性化と賃金上昇の両方に期待できよう。ただ残念ながら、現状では大きな変化はみられない。
その他に実質賃金上昇には、労働生産性・交易条件・消費者の価値観など課題が山積みだ。このようにみると、今後も実質賃金の伸びは期待しづらいうえに、より厳しい状況させ想定される。社会の動きに敏感な若者こそ、会社からの給与のみでは生きていけないことを薄っすらと感じているのかもしれない。だからこそ、金融リテラシーを若くから養い、「ゆくゆくは給料と投資収入の二足の草鞋にして、病気や老後に備えたい」という発言に結び付いたと推察する。
若者が投資する意義とは
これまでの観察を踏まえ、一般には資金が少ない若者が投資をする意義についてみていこう。もちろん資金が少ない以上、稼ぐ手段にはなり得ないが、若さという時間を武器に「複利」効果を最大限享受でき、銀行の預金金利を考えれば賢い選択だ。資金が少ないからこそ、万が一失敗しても容易にリスタートも可能だ。というのが一般論で、「老後の備え」「人生100年時代」を念頭においた資産形成は長期的な目標であるのは事実だが、学生が熱中するのは勉強になる、スキルが身につくからにほかならない。
情報収集を通じて経済に敏感になり、ビジネスの共通言語である会計の知識を習得し、分析し発表する(他者に伝える)。ここで養われた力は就活だけでなく、今後社会で生きるための糧となる。金融リテラシーというと、資産運用や投資と結びがちだが、これらの知識・能力の総体こそが金融リテラシーだろう。のめり込みすぎず、適度な付き合いが求められるが、時間とお金に多少余裕ができ、情熱も持ち合わせる若者が投資に熱中するのは、決して「靴磨きの少年」ではなく、長期の潮流の中では必然なのだ。コロナ渦は将来不安の増大とおうち時間の増加いう意味で、この長期的な潮流に拍車をかけたに過ぎない。
社会全体の潮流は
若者が投資に興味をもつという長期的な潮流を実現できたのは、社会全体としての後押しがあったことも大きい。政府や金融庁筆頭に「貯蓄から投資へ」というスローガンのもと、各種制度(NISAやiDeCoなど)が設けられ、金融界・証券界も応えるように後押しし、メディアもコンテンツの充実を図ってきた。2022年度から高校の新学習指導要領では、家庭科で資産形成の視点に触れるよう規定される。
未だに様々な不十分な点や問題点を抱えるが、諸外国と比較して、金融リテラシーや資産の投資割合の低さが指摘されるなかで、投資活性化に向け、社会全体として下地を整えてきた。学生の投資への興味関心を鑑みるに、一定の成果があったといえる。
しかしながら、岸田文雄首相は「金融所得課税」の見直しを検討する方針を示していた。詳細が決定していない以上、影響の範囲や大きさは不透明だが、社会全体で作り上げてきた「貯蓄から投資へ」という潮流に水を差しかねない発言と受け取れる。医療・年金制度維持の難しさを念頭に、自助努力を促すNISAやiDeCoといった制度さえ、それぞれ時限措置、凍結されている特別法人税などのスローガンや奨励制度とは裏腹に闇の側面もある。
まだなお、投資家=金持ち、労働が美徳で投資はけしからんといった風潮の根強さが垣間みえる。国策としての「国際金融都市構想」、USICのビジョンとしての「金融大国の実現」に狂いがないことを願う。是非、岸田首相には「聞く力」を発揮して我々の声にも耳を傾けて頂きたい。
■慶應義塾大学 八田潤一郎 (はった じゅんいちろう)
法学部政治学科2年 学生投資連合USIC代表:小学生の時に株式投資を始める。最近では、FX、不動産(REIT)、仮想通貨、コモディティ、債券、デリバティブを新たに運用しながら、毎日勉強中。金融を学ぶ「おもしろさ」、投資の「楽しさ」を多くの人に知ってほしいと願う。
【インタビュー協力】
■明治大学 清水優葵(しみずゆうき)
法学部1年 明治大学投資サークルBreakouts!:大学入学後、本格的に投資について学び始める。主に日本株を勉強中。投資と同時に政治経済についての知識も身につけ、身近な人に広げていきたい。
■慶應義塾大学 小川徳丸(おがわとくまる)
文学部1年 慶應義塾大学投資サークル実践株式研究会:大学入学を機に投資に興味を持つ。その後、投資系サークルや学生団体の存在を知り、現在、そこで出会った先輩や友人達と共に株を1から勉強中。投資を通して、世界に広がる様々な情報を「収集・分析・選択」していくスキルを高めていけたらと思う。
【学生から金融大国へ USIC通信】投資や金融に興味を持った切っ掛け、将来の展望やコロナ禍での学生生活の実情など、「学生投資連合USIC」に所属する各大学のサークルがリレー形式でお送りします。アーカイブはこちら