お金で損する人・得する人

“炎上”騒動の裏に… 45歳定年制では成り立たない日本人の生活設計

高橋成壽

 経済同友会の2021年度(第36回)夏季セミナーにおいて、サントリーホールディングスの新浪剛史社長が45歳定年制の必要性を説きました。過去には、民主党政権時代には内閣官房系の諮問機関である国家戦略会議「フロンティア分科会」が2012年に40歳定年制を提案しています。理想論に感じられるこれら若年定年制が実施されると私達の生活はどのように変わるのでしょう。

■大企業側からみた45歳定年制のメリットとデメリット

 今回の提言の根幹にあるのは、日本型雇用制度により企業の成長が妨げられている認識です。人材が流動化しないということは、成長産業に人材が集まらないという見方ができます。一方で、成熟産業において人材の新陳代謝が進んでおらず役職などが固定化している企業もあるでしょう。

 賃金制度が年功序列に伴う場合、20代、30代は生産性の向上時期であり、社内では相対的に低い賃金で働くことになります。一方で、50代、60代は相対的に高い賃金あるいは、生産性に見合わない賃金を支給していることになります。

 若い社員の賃金を上昇させようとした場合、労働分配率を向上させるか、一定の労働分配率の中で賃金の割り振りを考えなければなりません。例えば、上場企業のように株主が外部であれば、賃金の上昇は販管費あるいは労務費を上昇させることによる利益の減少を短期的には喜ばないでしょう。

 早期退職を募れば優秀な人材から退職していき、社内には生産性の低い人材が残り、より生産性に見合わない賃金を支給することになります。若い世代は生産性の低い高給取りの社員を見てやる気を失ったり、転職を考えたりするかも知れません。

 このような状況にあり、45歳定年制を社内で一律に実施できれば、優秀な社員のみ生産性に見合った賃金で再雇用できます。生産性が低いとみなされれば、生産性に見合った賃金が支給されます。生産性にリンクした賃金制度であれば、企業にとって不採算社員を雇用し続けるという重しはなくなります。

 筆者もかつて企業で働いていましたが、どこの会社にも窓際高給取り社員は存在しているようです。緊急事態に活躍するわけでもなく、昼行灯。生産性が低いのに給与水準は高い。若手社員からすれば納得のいかない社内評価と給与水準でした。周囲をイエスマンで固めたい上層部からすれば、自分を守るための必要コストだったのかも知れませんが、多くの社員からは不評であったように思います。

 社員側にとっての45歳定年制はどうでしょう? 2割の優秀な社員、6割の普通の社員、2割の優秀でない社員の割合だとします。優秀な社員であれば、45歳定年を待たずにヘッドハンティングされたり、関連会社の経営を任されたりと活躍の場があります。自社に愛着があれば、自己の生産性に見合った賃金が支給されることはやりがいにつながるでしょう。

 優秀でない社員であれば、自分にとって不利益なことは明らかです。生産性が低いということは、再雇用の可能性が低く、もし再雇用されたとしても低賃金に甘んじることになります。家族を養っている場合には、容認できない制度変更と言えるでしょう。

 普通の社員はどうなるでしょう。一部は優秀であることを目指し学び、成長を志す人が出てくるでしょう。社員の成長は会社にとってもプラスとなり、本人には給与上昇などの還元があります。

 もう一方の普通の社員は45歳定年制をマイナスに捉え、戦々恐々とし続けることになるでしょう。働くモチベーションは下がると考えられます。

 45歳という年齢は、30歳で初婚、31歳で第1子誕生とした場合、子どもが中学生のタイミングです。高校、大学への進学を考えた場合に中学時代の塾代など毎月数万円の支出は家計にとって大きな負担になります。

 これからお金が必要になるタイミングで雇用の安定感がなくり、賃金が下落するようでは安定した家庭が運営できません。事前に45歳定年とわかっていれば恐ろしくて結婚できないでしょう。子どもを育てようと思わないでしょう。住宅ローンを組むことも控えるでしょう。

 何ら対策せずに45歳定年制を導入することはないでしょうけれど、実際には大いなるマイナスのインパクトが生じる可能性が大きいのではないでしょうか。

 もし、企業側が45歳定年制を導入するのであれば、

(1)事前に給与制度を変更し若手の生産性を搾取しない賃金を確保する

(2)45歳で定年を迎えても仕事に困らないような人材育成に努める

(3)出戻り制度など転職した社員であっても一定の条件を満たせば復職できるような人事制度を構築する

 などの対策が必要でしょう。

 また、そもそも国の方針が生涯現役、高齢者の雇用確保にあります。国の方向性を長期雇用前提でないように方向修正しなければ、掛け声倒れに終わるでしょう。

 なお、筆者は一人のフリーランスという立場から、5年、あるいは10年くらいで雇用契約を打ち切っていくような制度のほうが、働く側の学ぶインセンティブが高まり実力が向上するのではないかと考えます。ある意味では、政治家と同じです。4年か6年ごとに選挙を行い、仕事を継続するか失職するか、判断してもらうのです。

 この議題が炎上するほど、働き手にとっては危機感があるのだろうということは、裏を返せば的を射た提言と言えるのかも知れません。

高橋成壽(たかはし・なるひさ) ファイナンシャルプランナー CFP(R)認定者
寿FPコンサルティング株式会社代表取締役
1978年生まれ。神奈川県出身。慶応義塾大学総合政策学部卒。金融業界での実務経験を経て2007年にFP会社「寿コンサルティング」を設立。顧客は上場企業の経営者からシングルマザーまで幅広い。専門家ネットワークを活用し、お金に困らない仕組みづくりと豊かな人生設計の提供に励む。著書に「ダンナの遺産を子どもに相続させないで」(廣済堂出版)。無料のFP相談を提供する「ライフプランの窓口」では事務局を務める。

【お金で損する人・得する人】は、FPなどお金のプロたちが、将来後悔しないため、制度に“搾取”されないため知っておきたいお金に関わるノウハウをわかりやすく解説する連載コラムです。アーカイブはこちら