蔵書や資料をデジタル化しメールで送信…図書館の新サービスに課題山積
図書館が蔵書や資料をデジタル化し、利用者にメールなどで送信できるようにする改正著作権法が成立した。新サービスが拡大すれば、著者や出版社の利益が損なわれる恐れもあり、図書館側には補償金の支払いが義務付けられている。その額や送信できる分量といった具体的な制度設計についてはこれから。図書館の利便性を向上させつつ、出版文化も保護するための課題は山積している。
コロナ禍でニーズ拡大
現行の著作権法では、図書館が「著作物の一部分」(一般的な解釈は半分まで)に限定して利用者にコピーを提供したり、郵送したりすることが認められている。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大で利用が制限され、研究者らから来館せずに資料をインターネットで閲覧できるように求める意見が出ていた。
改正法では、図書館がメールなどで利用者に送信することが可能になる。これまでは来館して資料を閲覧して、紙での複写を依頼するという手続きを取っていたことからすると、ユーザーの利便性は向上する。
日本図書館協会著作権委員会の小池信彦委員長は「フィジカルな部分やメンタルな部分も含めて外出が困難になっているなどということで、図書館に直接行くことが難しいという人はいる。そういった人にとっては資料や情報へのアクセスが少し良くなるので便利になる」と話す。
新サービスは令和5年の6月には導入が可能だが、具体的な制度設計については不明確な部分が多く、関係団体が今後、文化庁と詰めることになっている。中でも「権利者の逸失利益を補填(ほてん)するだけの水準」とされる補償金の額、メールなどによる送信が可能な「著作物の一部分」の範囲については出版社や作家の利害に直結するため、今後の大きな争点となっている。
定価に連動した補償金を
出版社でつくる日本書籍出版協会の樋口清一専務理事は「非常に安価で本の内容が手に入ってしまえば、出版界は成り立たなくなる」と説明。補償金の額については「同じ分野でも本の値段はかなり差がある。こういう種類の本だったら一律いくらというのでは困る」と定価に連動した設定を求める。
比較的安価に販売されている新書から、数万円もする専門書まで本の価格は多種多様で、出版社の規模もさまざまだ。樋口専務理事は「部数の少ない学術書など専門の出版社の場合、限定された読者のために本を作っているという分野もある。例えば、800部の本について200人が新制度を利用して本を買わなくなったら、その出版社は成り立たなくなる」と話す。
作家や評論家などで構成する日本文藝家協会の平井彰司事務局長は「実際に本を買うよりも、コピーを提供してもらったほうがお得で済むという価格設定はおかしい」として、補償金額が「本の定価にどこまで連動できるのか、その連動は一冊一冊シビアにできるのか」と課題を挙げる。
権利者だけでなく、本を販売する書店への影響も懸念される。新制度で本が売れなくなると、平井事務局長は「書店が干上がると、出版社が干上がって、著作活動自体が困難になる。商業出版のサステナビリティー(持続可能性)が崩壊する」と話す。
図書館が利用者に送信できる範囲については、現在の紙の複写では「半分まで」と解釈されているが、権利者サイドは縮小を求める。樋口専務理事は「電子では紙よりもはるかに利便性が高まるわけで、もうすこし少なくできないかという話が出てくると思う」、平井事務局長は「少なくとも半分までは一部分というのは多すぎるという立場を取るだろう」と説明する。
運営者の負担増も
制度を実際に運用することになる図書館、利用者にとってもどうなるのか見えない部分もある。
例えば、改正法では新サービスを実施できるのは、5つの要件を満たす「特例図書館」と定めている。今回始まる送信業務について、業務を適正に実施するための責任者を配置している▽職員に対して研修を実施している▽データの流出防止措置を講じる-などが要件に含まれ、現時点ではどれぐらいの図書館が参加するかは分からない。
図書館員の負担増も予想される。日本図書館協会著作権委員会の小池委員長は、研修などに伴う人員態勢に加えて補償金の問題を挙げて「法律上は図書館を設置する者、つまり自治体が著作権者にお金を払うことになっている。実際の利用者が払わなくても自治体が払わなくてはいけないので、そこのところでズレのようなものがおそらく問題になってしまう」と話す。
実を結ばぬ著作権教育
図書館から取り寄せた電子データが不正利用されないかという心配もある。
法改正に先立ち、昨年12月に行われた意見募集では、「複数名で分担すれば、購入するより安価に入手できる事態は容易に想像できる」「複数回の申請で結果的に全文が取得できることは回避する設定などの検討が必要」などと、利用者の脱法行為を懸念する意見が相次いだ。
著作権者の許可なく、インターネット上に漫画などの著作物を掲載した「海賊版サイト」からのダウンロードを違法化する改正著作権法が今年1月に施行されたが、被害は今も拡大し続けている。需要がなければ海賊版サイトは存続し得なず、ユーザーに対する著作権教育が実を結んでいないのが実情だ。
数々の課題を抱えながら、図書館資料のメール送信を可能にする新サービスは遅くとも再来年6月には始まることになっており、「2年というのは時間があるようでない」という声も上がっている。日本の出版文化の多様性を維持しつつ、図書館資料へのアクセス向上を図るという難題解決のため、文化庁や関係団体は時間との戦いに直面している。