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なぜ日本はマイクロモビリティ“後進国”なのか? 普及に向け解決すべき課題

SankeiBiz編集部

 軽自動車よりも小型で手軽な「マイクロモビリティ」と呼ばれる乗り物が、次世代の移動手段として期待されている。中でも、脚光を浴びているのが電動キックボードだ。規制緩和が進んだ欧米では普及が進んだが、日本では公道を走行する際に運転免許証が必要で、ヘルメットの着用やナンバープレートなども装着しなければならないことから、欧米に大きく後れを取っているのが現状。ただ近年、ルール違反も相次いでおり、大阪では走行中に重傷ひき逃げ事故を起こした男が逮捕された。日本の道路事情を踏まえ、いかに安全性を担保しつつ規制緩和を進めるべきか。解決すべき課題は山積している。

 日本では「原付き」、海外では「自転車」

 「ほとんどの先進国が電動キックボードの法律上の位置づけを変えて対応している。それはつまり、日本も変える必要があるということだ」。国内の電動キックボード事業者などでつくる「マイクロモビリティ推進協議会」の岡井大輝代表は、規制緩和の必要性を強調する。

 車輪がついたハンドル付きの細長い台に片足を乗せ、もう片方の足で地面を蹴って進むキックボード。これを電動化したのが電動キックボードだ。ハンドルに取り付けられたアクセルとブレーキで速度を調整する。

 電動キックボードは道路交通法など法令上、原付きバイクと同じ扱いになり、公道での走行は車道に限定。運転免許証の携帯やヘルメットの着用が義務づけられ、ナンバープレート、サイドミラーなどの装着も必要となる。

 これに対し、 米国をはじめ諸外国では電動キックボードは法律上、自転車と同様に扱われている。対象年齢の制限はあるものの免許は不要で、ヘルメットの着用も「任意・推奨」だ。車道だけでなく、自転車専用レーンを含める形で、安全面と利便性を両立した利用環境を整えている。

 電動モビリティの開発スタートアップ企業「KINTONE」が電動キックボードを利用した243人を対象に行った調査では、65.8% が「自転車専用レーンでの移動手段として使いたい」と回答し、公道での走行に前向きな感想を持った人が多かった。

「気軽に公道を走りたい」。こんな要望に応える試みともいえるのが、4月23日 から都内で始まったシェアリング(レンタル)サービスの電動キックボード実証実験だ。電動キックボードには乗用車並みのスピードをだせる機種もあるが、実験では最高速度を時速15キロと自転車並みのスピードに抑えられている。

 実証実験を始めた電動キックボードのシェアリングサービス「Luup」(東京都渋谷区)広報担当の松本実沙音さんは「電車を利用するほどの距離ではないけれど歩くとちょっと遠い。そんな『ラストワンマイル』を解消する移動手段として利用を想定している」と話す。ラストワンマイルとは、最寄り駅やバス停などの交通結節点から自宅までの最終区間。自家用車や原付きバイクなどからキックボードへのシフトが進めば、道路混雑緩和も期待できるというのだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない中、電車やバスなど公共交通機関の「3密」を避けることができる移動手段として期待が寄せられ、英国やフランス 、ドイツ、イタリア、カナダ、韓国などで普及が加速した。スーツやスカートなど服装を選ばずに乗れることから、米国では 2018年末、電動キックボードシェアサービスの利用者がレンタサイクル利用者を2倍も上回った。国内でも都内だけでなく、各地で安全性や利便性を検証する走行実験が始まっており、普及に向けた追い風が吹いている 。

 大阪ではひき逃げ事件も…

 しかし、 規制緩和によって普及が進んだ欧米では、電動キックボードの歩道走行や“路上駐車”といった問題も顕在化している。フランスでは規制緩和から一転、自転車専用道や車道を走るよう定めるなど規制強化に傾いている。次世代モビリティの普及には、各国の道路事情や法体制に応じて適正なルールづくりが不可欠となる。

 「安全と利便性が両立する形で日本にふさわしいルールを作り、新しいモビリティを利活用できるように進めていきたい」。自民党有志議員による「MaaS推進議員連盟マイクロモビリティプロジェクトチーム」(MaaS議連PT)の座長を務める山際大志郎衆院議員は5月18日、都内で開かれた会合でこう述べた。

 MaaS議連PTは、普及を目指す上で検討すべき課題として、ヘルメット着用といった運転者の要件や車道に限定した走行などの見直しのほか、車体に求める性能(保安基準)の見直しを挙げた。経済産業省や国土交通省、警察庁など関係省庁に対し、今年度内に関連法案を提出するよう求めている。

 大阪・ミナミの路上では5月、電動キックボードに乗って歩行者に衝突し、けがをさせたにもかかわらず逃走したとして、自動車運転処罰法違反(過失致傷)と道交法違反(ひき逃げ)の疑いで住所不定の無職の男(30)が逮捕されている。男は「警察沙汰になったら事故処理に時間がかかるから逃げた」と供述。電動キックボードは量販店でも購入できるため、近年若者を中心に利用者が増加する一方、ルール違反も相次いでいる。歩行者との「安全な共存」をどう確保していくべきなのか。

 新たなモビリティーに関する警察庁の有識者検討会は4月、新しい車両区分の方向性を示す中間報告をまとめ、(1)時速6キロ程度までの 歩道通行車(2)時速15キロまでの小型低速車(3)時速15キロ以上の既存の原付きバイク等 ─と区分。電動キックボードは小型低速車に区分され、都内で行われている実証実験では、公道走行時にヘルメット着用を任意とする経産省の特例制度を適用し、最高時速を15キロに抑えて実施している。

 諸外国の制限速度を見ると、多くは車道のほか自転車専用レーンを走行でき、時速20~25キロの範囲で定めている。マイクロモビリティ推進協議会の岡井代表は「車道を走行するモビリティとして実用化を目指す上では自動車との調和も欠かせない」として、制限速度 の再考を促している。

 クラファンで即日完売「電動三輪車」

 国内の法律や道路事情を考慮して登場した次世代のモビリティもある。川崎重工業が開発した 「noslisu」(ノスリス)だ。前2輪、後1輪の電動三輪車で、フル電動と電動アシスト付き自転車の2種類がある。クラウドファンディングでそれぞれ50台ずつ限定販売したところ、いずれも即日完売となった。

 運転には普通自動車免許が必要だが、ヘルメットの着用義務はなく、車検も必要ない。最高時速は40キロと原付きバイクを上回り、実用性も高い。充電1回あたりの航続距離は約65キロ。価格は税込み 32万円となっている。

 「家族のところに駆け付けたいときに1人で気軽に乗れる乗り物がない」。川重のプロジェクトリーダー、石井宏志さん(44)は以前、町で出会った高齢者の男性からこんな悩みを打ち明けられた。普段は「Kawasaki」ブランドのモーターサイクルの開発に携わるエンジニアだが、高齢男性の言葉に着想を得て、「モーターサイクルのノウハウを生かして誰でも手軽に安全に乗れるモビリティを作りたい」と、転倒リスクの少ない3輪のノスリスを開発しようと思ったという。

 これまでにないユニークな乗り物でありながら、日本の道路環境に適応させた点は、国産メーカーが手掛けるマイクロモビリティの強みといえる。

 電動キックボードをめぐっては、諸外国の導入事例では車道に加えて自転車レーンを走行場所として定め、歩行者・クルマから独立した形で安全な走行環境を確保している。

 国内でも、自転車専用レーンの整備が進みつつあるが、レーン上に自動車やトラックが路上駐車するケースも目立つ。欧米では、マイクロモビリティの“原型”ともいえる自転車を「車両」として明確に区分してきたが、日本では「車両」に位置づけられながら、徐行を前提として歩道の走行を可能とするなど、自転車と歩行者の区分があいまいだった経緯もあり、こうした環境の差が次世代マイクロモビリティ導入の高い壁となって立ちはだかる。

 諸外国では、すでに都市部を中心に自転車専用レーンが整備されており、電動キックボードが安全に走行できる環境が整っている。国内でも自転車レーンの整備が徐々に進んでおり、実証実験でも自転車専用レーンの走行を認めているが、自動車がレーン上に駐車していたりと、諸外国のように機能する環境になるには質・量ともにほど遠いの現状だ。

 自動車中心で道路が整備されてきた日本で、海外発のマイクロモビリティがどう変えることができるのか。世界水準のマイクロモビリティの普及を目指すには、海外の先進例を参考に道路環境や規制を見直しつつ、実態に則した適切なルールづくりが急務となっている。(後藤恭子)

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