「お土産」としてリクエスト
昨年12月に日本語版も発売された『平壌資本主義百科全書』(社会評論社)では、北朝鮮で成功するビジネスの1つとして卓球が紹介されている。北朝鮮では、赤い貴族と呼ばれる朝鮮労働党幹部など特権階級を中心に、地方でも今も卓球ブームが続いている。
2016年のリオデジャネイロオリンピックの女子卓球でキム・ソンイ選手が銅メダルを獲得したこともブームへ拍車をかけたようだ。北朝鮮では、オリンピックなど国際大会でメダルを獲得すれば一生涯、不自由なく暮らせるため、北朝鮮の金持ちは子どもへ将来への投資として卓球教室へ通わせているのだという。
この卓球ブームの影響か、北朝鮮人からの「お土産」として卓球用品がリクエストされることが珍しくない。しかも、日本製品が群を抜いて好まれる。
「こんなにするの?」と驚嘆
新型コロナウイルス蔓延前の2019年晩秋、北朝鮮の羅先特別市関係者から会いたいと連絡を受けた中国朝鮮族の実業家Q氏は、中国・吉林省延吉で会うことに。
Q氏は国連制裁が強化される前まで羅先の企業と貿易を行っていたことがあり、この関係者とは10数年来の付き合いだという。
実は中朝2国間の取り決めで、羅先在住の北朝鮮人は、吉林省限定で往来できる特権を持っている。どうやって監視しているかわからないが、大連や北京など吉林省以外へは移動できないので、羅先に隣接する延辺朝鮮族自治州の延吉で会うことが多いという。
Q氏が土産としてリクエストされたのは卓球のラケット、日本が世界に誇る「バタフライ」の福原愛ラケットだった。会いたいと希望してきたほうが土産を要求するのは、日本人の感覚では奇妙であるが、国連制裁解除後も見越して、長期的な関係を維持したいQ氏は承諾して日程調整した。
翌週、訪日したQ氏に同行した卓球用品店で、リクエストされた福原愛監修モデルのラケットを探すと、Q氏は「こんなにするの?」と驚嘆の2万円以上だった。バタフライの契約選手モデルでは、張本智和選手のラケットは4万円を超えるものも販売されている。
日本製品が好きだと公言しても大きな問題にならない、が…
訪朝経験豊富なQ氏によると、北朝鮮では日本ブランドが中国以上に絶大の信頼を得ていて、食料品から嗜好品、家電、スポーツ用品に至るまで日本製品を好む人が多い。意外かもしれないが、北朝鮮では日本製品が好きだと公言しても大きな問題にならない。ただし、韓国製品が好きだと公言することは禁忌で、所持しているだけでも処罰の対象となる、と言われている。
北朝鮮は日本を敵国扱いしていると思っている日本人は多いかもしれない。しかし、北朝鮮が最も意識し警戒しているのは、分断後から今に至るまで韓国1カ国のみだ。世界で唯一、観光目的で入国が許可されないのが韓国人(在日韓国籍は許可される)である点からもわかる。
北朝鮮でビジネスをしていた別の外国人も、「多くの北朝鮮人は自分たちの身の回りが中国製品に囲まれているにもかかわらず、中国製品はよくない、日本製品がいいと言っている人が多い」と証言している。
抜群の知名度と根強いファン
現在、北朝鮮サッカー代表チームには、中国のスポーツ用品メーカーがユニフォームなどを提供していることもあってか、サッカーについては、中国ブランドが好まれる傾向にあるが、卓球は、日本ブランドが圧倒的に人気のようだ。
ラケットはバタフライ、球は「ニッタク」が北朝鮮ではステータスになっている。もちろん、卓球王国と呼ばれる中国ブランドも強く、北朝鮮でも広く使われているが、「憧れは日本製、でも現実は中国製」という状態らしい。
それにしても、羅先関係者は、インターネットが国内で開放されていない北朝鮮で、どうやってバラフライの福原愛モデルのラケットを調べたのだろうか。もしかすると、北朝鮮から中国を訪れたときに検索したのかもしれない。
福原愛さんは、瀋陽に卓球留学していたため、流暢な中国語は瀋陽の言葉(方言)に近いこともあり、中国のとりわけ東北3省で抜群の知名度と根強いファンを持っている。もっとも現在は、中国政府の反台湾世論形成のための内政に利用されている感があるも、羅先関係者が訪問した吉林省の卓球愛好者に福原愛モデルを勧められて知った可能性も考えられそうだ。北朝鮮での卓球ブームは、まだしばらく続くとみられる。(筑前サンミゲル/5時から作家塾(R))
■5時から作家塾(R) 編集ディレクター&ライター集団。1999年1月、著者デビュー志願者を支援することを目的に、書籍プロデューサー、ライター、ISEZE_BOOKへの書評寄稿者などから成るグループとして発足。その後、現在の代表である吉田克己の独立・起業に伴い、2002年4月にNPO法人化。現在は、Webサイトのコーナー企画、コンテンツ提供、原稿執筆など、編集ディレクター&ライター集団として活動中。