お金で損する人・得する人

「認知症の家族」預金引き出し問題が変わる?

高橋成壽

 突然ですが、家族が認知症になったらお金はどうやって管理しますか? 認知症に限らず、判断能力や意思能力が衰えた家族の財産をどのように管理するべきか、正しい答えはありません。

 しかし、最も困ることは認知症になった家族の医療や介護費用、生活費用を家族が立替えざるをえない場合ではないでしょうか。一度や二度の立替えならまだしも、毎月毎月いつまでもお金を立替え続けていたら家族の財産がなくなってしまいます。このような状況を踏まえ、一般社団法人全国銀行協会は認知機能が低下した高齢者の預金を家族が代理で引き出すことを認める方針を発表しました。

■今までどうやっていたの? 認知症家族の資金管理

 認知症になるとお金の管理はどう変わるのでしょう。筆者の家族が認知症と思われる症状が出始めたとき、体は元気な状態でした。しかし、会話が徐々に噛み合わなくなり、人の認知ができなくなりました。親族なのか他人なのかわからず、テレビと会話する。日常会話ができませんから、買い物や契約などできるはずもありません。ATMからお金を引き出すことも、銀行の窓口でお金を引き出すことも現実的ではありません。

 人によって程度の差があり、進行度合いも異なりますが、認知症の名前の通り色々なことがわからなくなってしまうようです。介護事業者が生活の支援をすると費用がかかります。食料を買うにもお金がかかります。支援が必要でお金がかかるにも関わらず、本人が支払いすることが難しいため、家族が支払いを立替えるのです。家族が立替えたお金はいつまでも清算されません。

 法律的な考えを用いれば、成年後見制度を活用することになります。財産の管理や身の回りの世話を家族や第三者が行うことになるのです。しかし、成年後見制度を利用してお金の管理をすると家族に事務作業などの負担がかかります。また、費用が継続的に発生しますので、成年後見制度を利用しないという選択を選ぶ人が多い印象です。

■なぜ成年後見制度は利用が進まないの?

 成年後見関係事件の概況(最高裁判所 令和2年3月)によると、2019年の成年後見関係の申立件数は3.6万件となっています。高齢者人口を3500万人と仮定すると、高齢者人口の0.1%に相当する人が何らかの経緯で成年後見の申立を受けています。非常に少ない割合です。

 申立理由の63.3%は認知症が原因で、申立動機は預貯金等の管理・解約が40.6%となっています。認知症の有病率は20%ですので、高齢者人口3500万人の2割にあたる700万人は認知症または予備軍となります。700万人の認知症患者のうち、成年後見制度の利用者が22万人です。22万人のうち6割の人が認知症だとすると13万人が認知症に伴い成年後見を利用していることになります。つまり、認知症状態の場合でも、700万人中13万人に相当する2%しか成年後見制度を利用していません。成年後見制度の利用がレアケースになっていることがわかります。

 成年後見制度の利用が進まない理由は複数考えられます。(1)成年後見を利用せず家族でサポートしたい、(2)成年後見費用が高額になるため利用したくない、(3)後見人にお金が払えない、(4)成年後見人になりたくない・成年後見人のなり手がいない、(5)他人に家族の財産を管理されたくない、などと考えられます。

 成年後見制度を利用すると本人のためであっても、家族が自由にお金を使うことができません。理由はお金を使う際に手続きが必要だからです。手続きを踏むことで家族がお金を使い込んでしまうことを防ぐ役目があります。しかし親族からすれば面倒以外の何物でもないでしょう。

 成年後見費用は無料ではありません。最近は家族による財産の使い込みなどの事例があり、預貯金が数百万円あると専門家が後見人に専任されると言われています。専門家が後見人になると、少なくとも2~3万円の報酬を毎月支払うことになります。財産がなく、年金もわずかしかない高齢者であれば、後見人の報酬を支払うことができませんから、成年後見制度の利用自体が難しくなります。

 一方で、家族が後見人になりたくない、後見人になると原則は被後見人が亡くなるまで後見人の役目が続きます。そのため、後見人業務を負担に感じ、成年後見の申立を躊躇することもあります。一生世話をするという責任が重すぎるのです。

 専門家が後見人になることで、家族の問題に他人が入ってくることになります。従って、他人に財布を覗かれたくない。他人に家族の問題への介入をして欲しくないなど心理的な壁があるのです。

 もし私の親が認知症になったとしたら、同じように成年後見の申立をすることはないでしょう。理由は、上記がそれぞれ含まれるからです。

■キャッシュカードが認知症ケアの命綱

 本人が認知症でお金の管理ができない場合。資金管理の鍵となるのはキャッシュカードです。本人のカードを家族が利用するか、家族カードを発行して本人に代わって引き出します。認知症にも関わらず、後見制度を利用しない98%の人は、家族が本人に代わってお金を引き出しているか、立替えていると考えられます。

 実際に、将来の成年後見制度の利用を念頭にした相談を受けることがあります。その歳、成年後見制度の情報を伝えると、「なるべくなら利用したくない」という意見が出てきます。そもそも家族が認知症のケアをしているのに、面倒な制度を使うと他人の介入があるかもしれないと考えれば当然の反応と思えます。

 そこで検討される事前準備が、キャッシュカードの発行と家族カードの発行となるのです。キャッシュカードを紛失するか磁気が効かなくなるまでは成年後見の申立をしないで過ごしたい。それが家族の想いでもあるのです。介護サービス側もそのあたりはわかっていますから、無理に成年後見の申立をすすめるケースは少ないでしょう。

■家族が資金を引き出せたら勝手にお金を使われないの?

 今後、認知症の方の資金を引き出す際に考えるべき点は2つあります。1つは家族が勝手にお金を引き出し、他の家族とトラブルになること。もう1つは預金の引き出しに応じた銀行が、悪事に加担したという理由で訴えられること。

 銀行側は預金引き出しにおいてリスクが大きく、リターンはほぼありません。預金の引き出しに応じる手順を踏めば、人手と時間が必要です。家族が都度資金を引き出すようなやり方では手間がかかりすぎますので、認知症の方宛の請求書を発行してもらい、銀行が直接請求者に支払う制度が現実的でしょう。また、支払いの資金使途を医療、介護などに限定しなければ、何のための買い物かわからないような支払いに充てられたり、詐欺に巻き込まれる可能性もあります。

 認知症の方の生活を守るために、銀行がどこまで対応するか注目しましょう。

高橋成壽(たかはし・なるひさ) ファイナンシャルプランナー CFP(R)認定者
寿FPコンサルティング株式会社代表取締役
1978年生まれ。神奈川県出身。慶応義塾大学総合政策学部卒。金融業界での実務経験を経て2007年にFP会社「寿コンサルティング」を設立。顧客は上場企業の経営者からシングルマザーまで幅広い。専門家ネットワークを活用し、お金に困らない仕組みづくりと豊かな人生設計の提供に励む。著書に「ダンナの遺産を子どもに相続させないで」(廣済堂出版)。無料のFP相談を提供する「ライフプランの窓口」では事務局を務める。

【お金で損する人・得する人】は、FPなどお金のプロたちが、将来後悔しないため、制度に“搾取”されないため知っておきたいお金に関わるノウハウをわかりやすく解説する連載コラムです。アーカイブはこちら